弱小バスケ部の奇跡







「卒業式まではと思ったのですが、それも難しいです。廃校後は、皆さんそれぞれ別の中学校に転校しなければなりません」




別の中学校に転校………?


え、待って、それって……………






「…つまり、今のこの仲間と過ごせるのはあと4ヶ月ということになります」




えっ───




再びざわめく、生徒36人。





目の前が真っ黒く塗りつぶされた。











「ね、ウチらどうなっちゃうの……?」



教室に戻り席に着くと、和香が深刻な顔をして言った。




「…わかんない……」


答えた蒼乃はそのまま俯いた。




「…廃校って、マジで言ってんの?」



未希の声も、いつもとは明らかに違う。




美凪は、難しい顔をして空中を見つめている。





あたしは、まだ真っ黒なままだ。







すると、教室に担任が入ってきた。




「…皆さん驚いたと思いますが、校長先生のお話は本当です。このクラス、3年1組の仲間と過ごせるのは、あと4ヶ月しかありません」




3年1組。


まぁ、1組しかないんだけど。




この仲間とはあと4ヶ月しか、一緒にいれないんだー…






しーんと静まる教室。


物音ひとつたてず、誰もがその表情は曇っている。





ボロい木製の教室。


薄暗い蛍光灯。


机に彫られた誰かのイニシャル。


窓から見えるラインの消えかかったグラウンド。




今までは気にも留めていなかった景色が、なんだか急に愛おしくなる。








しばしの沈黙のあと、先生が口を開いた。




「決まったことは変えようがありません! 悩むよりも、残された時間を笑って過ごした方がいいと思いませんか?」




その言葉に、全員が顔を上げた。





「最後まで、笑って最高の思い出をつくりませんか?」




先生の大きめな声から、その思いが伝わってくる。






次の瞬間、クラスのリーダー的存在の男子が立ち上がった。



「先生の言う通り、悩んだってしゃーないじゃん。この先中学離れても、俺らはずっと3年1組の仲間だ。最後まで、俺らにできることしようぜ!」





すると次々と周りの男子が立ち上がった。


「おう! こいつの言う通りだ」


「4ヶ月だって、できることはたくさんあんだろ!」




やがてクラスの男子全員が立ち上がった。




あたしは、蒼乃、和香、美凪、未希と目が合った。




そして、決心したように頷き、立ち上がる。





クラスの女子も全員立ち上がった。






「最後までバカ笑いすんぞーーッッ!!」


「「「「オォーーーッッッ!!!」」」」




運動会でもなんでもないのに、あたし達は声を張り上げて叫んだ。








全員が、握った拳を突き上げて。









最後の4ヶ月が始まった。



「ねー和香、今日バスケする?」


「んー…どうしよっかなぁ」



放課後、和香に声を掛けた。


和香は腕組みをして考え込んだ。




「シュートだけでもしに行かない?」


後ろから、美凪がひょこっと顔を覗かす。



「ん、そうしよっか!」



あたし達3人は、体育館に向かった。





"体育館"と一言で言っても、そう呼んでいいのか、実際のとこよくわからない。




体育館もボロい。


体育館のフロアは、ラインはほとんど消えている。



辛うじて残っているのは、3ポイントラインとサイドラインと、あとエンドラインがほんのちょっと。



あとは、もうよくわからなくなっている。








ライトもイマイチなので、お日さまがライト代わりです。


お日さま沈んだら即撤収。






体育館に行くとドアが締め切られていて、中からドリブルの音が聞こえた。




錆びた重いドアを開くと、そこには息を切らした未希がドリブルをしていた。



「未希!」


「あー…個人練習時間終わった」



未希はボールをフロアに置き、水道に走って行った。




「……ね、あたし達、邪魔しちゃった感じ?」


「んー…かもしれない」


和香が苦笑する。





一応持ってきてたジャージに着替え、一応持ってきたバッシュを履き、ボール籠に入った、これまたボロいバスケットボールを手に取る。



ほんの少しひんやりした。




中学から始めたバスケだけど、イマイチ上達はしていない。



そもそもあたしは、球技ダメ。

ど下手くそ。



なのに、なんでバスケやってるんだろうか。




特にドリブルは苦手中の苦手。


ボールに嫌われてる。




下手くそなドリブルを2、3回ついたところで、未希が戻ってきた。



「蒼乃も連れてきたー」


そう言う未希の後ろに、制服姿の蒼乃がひょこっと顔を出した。


「おぉっ、蒼乃!」


「蒼乃ちゃん!」


「蒼乃センパーイ♪」


「それやめんか!」



あたし、すかさずタックル。







「バスケ部、全員大集合っ」


「大集合ってほどの人数じゃないよね」


「うんうん」



美凪に反論した未希に、和香はぶんぶんと首を縦に振る。



あっという間にジャージに着替えた蒼乃も真顔で頷いていた。




「M中バスケ部ッ、ファイトぉーーっっ」


「なに今までロクにやったことないのやってんの」



あたしがそう言うと、和香、蒼乃、未希は揃って笑った。







───M中バスケ部。


いや、まずは『バスケ部』って言ってる時点でちょっと違う。



一応部活ではあるんだけど、部活、と言うよりは、どっちかって言うと同好会に近い。

部費も皆払ってないし。




顧問はいない。


練習日も特に決まってなくて、さっきのあたし達の会話みたいに、気が向いたら程度。




いざ集まって練習!

ってなっても、結局はボール遊び。




すんごくユルい。









因みに、ちゃんとキャプテンとかは決まってる。





#4(キャプテン) 大谷 美凪。

#5(副キャプテン) 原 未希。




ど素人だって、キャプテンが4番で副キャプテンが5番なのは知ってる。



その他3人も一応はちゃんと番号あって、でもそれぞれ好きな番号。



6〜8番まで、あたし、蒼乃、和香で決めた結果。





#6 杉瀬 和香。

#7 高柳 棗。

#8 加藤 蒼乃。





ポジションとやらは、全く決まってません。





キャプテンの美凪はバスケ素人とか言ってるくせに、やけに上手い。


副キャプテンの未希だって、ドリブルセンスがすごいある。





…………あたしはというと……











特になし。







1時間くらいバスケ…というか、ボールに好かれようと努力するあたし。






「よーっし、日ぃ沈んできたから、今日は終わりにしよう!」


「ん、終わろー」



美凪が声を掛けると、未希はドリブルをやめた。




「お疲れー皆」


和香も続いてボールをしまう。






「おつカレー」
「おつかレンコン」




……む?



「きゃはははははっっ!! なぁにそれ2人ともっ!! 思いっきしカブっちゃって〜っっ」




和香、お得意の高笑い。


一体どこからそんな声が出るんでしょうかね?




あたし、いろんな意味で唖然としてます。




「ウチは、蒼乃の『おつカレー』派かな」


「いーやいや、ウチは絶対棗の『おつかレンコン』だよ♪」




未希は蒼乃派、美凪はあたし派、とかなんとか………










「2人はよく気ぃ合うんだって〜♪ ねーっ、棗ちゃんと蒼乃ちゃんっ?」


「………」


「………」


「…ありゃありゃ、無視られちゃったぁ」



そして再び、和香の高笑い。






………なーんでカブっちゃったんだ……。










ー帰り道。


「ね、棗ちゃん、さっき超ウケたね!」




さっきの『おつカレー』と『おつかレンコン』のことですよね。






「……あー………なんであんなグッドタイミングに…………」


「…え、棗ちゃん?」






終始、あたしの頭はそれで埋め尽くされたのだった。