すると、さっきまで教室の入り口に立っていた不良生徒がいつの間にか
横に立って私のことを見ていた。
いや、睨み付けていたというべきか・・・。
「お前が、月ノ瀬瑞姫か・・・ふ~ん、なるほど。」
なるほど?
なぜ、初対面なのに納得したように言うんだろうか。
「お前、颯斗が式が終わったら生徒会室に来いって言ってたの聞いてたよな?」
あ・・・確かに。
でも、あれ冗談じゃなかったのか。
「蒼生も蒼生だ。目の前にいんのに、さっさと連れて来ねーか。」
「痛ッ!!」
不良青年に、蒼生と呼ばれた銀髪の男の子は殴られた頭を抱え机に突っ伏する。
そりゃ痛いよね・・・だってグーで殴ったよ、この人。
うっわ~、たんこぶ出来たみたい。痛そう・・・
そう思って、蒼生君の頭に手を伸ばすと
その手を横から掴まれた。
私の手を掴んだのは、紛れもなく不良青年で。
「行くぞ。」
「どこへ?」
何気なしにそういうと、眉を顰めチッと舌打ちをした。
あ、ヤバい。この人の地雷とやらを踏んでしまっただろうか。
「あー、大人しく行った方がいいよ。そいつ、キレるとヤバいから。」
「んだと、コラァ。」
「もう、分かったから。行くからっ」
今にも殴りそうな不良青年を鎮めるには、そういうしかなかった。
本当は行きたくなかったけど、これ以上騒ぎになって
学校中の注目を浴びるのは避けたい。
唯でさえ、さっきから遠巻きに私たちを見る視線を
痛いほど感じてるっていうのに・・・
「あ、ちょっと待って。」
「あ゛ぁ?」
不機嫌な声が上から降ってくるけど、そんなのは気にしない。
私が気にしたのは、まだ頭を擦っている蒼生君の方で。
「大丈夫?痛いの痛いの飛んでけっ・・・どう?痛くなくなった?」
たんこぶが出来た頭を、優しく撫でる。
びっくりしたのか、蒼生君は目を大きく見開いたまま
私に撫でられていた。
「バカじゃねぇの。そんなんで痛くなくるわけねーだろ。」
「慶仁さん直伝のおまじない、バカにしないで。」
「チッ・・・行くぞっ」
不良青年を睨み、冷静な声でそういうと
彼は顔を歪ませ、また舌打ちをした。
そして半ば無理矢理に腕を引っ張り、連れ去られるように教室を出た。
「くっそ~、あのバカざる。マジで痛ってぇ。」
眼尻に浮かんだ涙を、拭いながら私達が出て行った教室の入り口を見る。
「自業自得ね。蒼生がさっさとあの女を連れて行かないから。」
いつの間に現れたのか、蒼生の右隣の席に座る
蒼生と同じ顔をした、ショートボブの似合う少女。
違うのは制服と、瞳の色だけ。
彼女の瞳は、ルビーのような綺麗な赤い色をしている。
「紅寧。んなこと言っても、俺たちの役目は巫女姫の護衛・監視だろ?」
「まぁ・・・護衛に値する人物かどうかは、分かんないけどね~」
「その辺は、冬夜先輩と颯斗先輩が判断するだろ。」
ん~、と思い切り背伸びをする蒼生。
「あれ?もう治ったの?」
「んー、そうだな。案外あのおまじない効いたのかも。」
なんて言いながら、たんこぶが出来ていた頭を撫でた。
☨*☨*☨*☨*☨*☨*☨*☨*☨*☨*☨*☨
☨*☨*☨*☨*☨*☨*☨*☨
廊下に出た後も、腕をつかんだままズンズン歩いていく不良青年。
「あの」
「・・・。」
「あのっ!」
「んだよ、うっさいな。」
「手、離して。さっきから痛い。」
「・・・わりぃ」
今まで気が付いていなかったのか
一瞬繋いでいた手に視線を向けると、慌てて離した。
照れているのか、ほんのり耳を赤くして
右手で頭をガシガシと掻く。
「ねぇ、名前教えて。」
「あ゛ぁ?」
威圧するように語尾を強くして、私を見下ろす。
この人の癖なんだろうか。
確かに、少し怖いけど・・・威圧して人を遠ざけて、何が良いんだろうか。
「だから、なま・・・」
「裕人」
「ひろ・・・?」
小さく、ぶっきらぼうに言うものだから聞き取れなかった。
「あ~もう、行くぞ。」
言い直すのも面倒くさそうに、そういうと一人先を歩き始めた。
どうやら逃げる心配はないと思ってくれたみたい。
ま、ここまで来たら逃げる気はないけどね。
名前は・・・取りあえず、ヒロということにしよう。
いつまでも、不良青年と呼ぶのはどうかと思うし。
ヒロの後を追って、東棟と西棟をつなぐ渡り廊下から
北へのびる道を歩いていく。
大きな時計塔のような建物が見え始め
ヒロは躊躇なくその建物に入っていった。
へぇ~ここが生徒会かぁ。
さすが、スケールが違うわね。
時計塔の中に入ると、螺旋階段があり吹き抜けになっていた。
その螺旋階段を上っていくと、一つの部屋にたどり着く。
まだ階段は続いているけれど、どうやらココが生徒会室みたい。
黒い扉を開けてヒロが中に入っていく。
ヒロに続いて中に入ろうとしたが
窓は一つあるものの、カーテンで遮られ薄暗い部屋の中。
一瞬、あの部屋を思い出し中に入るのを躊躇してしまった。
「入れよ。」
「・・・わ、分かってるわよ。」
ギュッと両手を握り、意を決して一歩を踏み出す。
入ると同時に、カチャッと扉が閉まる。
「連れてきたぜ。」
「ご苦労さま。」
薄暗くて顔ははっきりと見えないが、声の主は分かる。
副会長の桐生颯斗さんだ。
「あぁ、君は暗いところが苦手だったね。」
彼の発した言葉に驚いた。
だって、何故彼が私の苦手とするものを知っているのか。
理解できなかったから。
もしかして、私の事を調べたのだろうか?
調べたとしたら、私があの部屋にいた事も知っているのだろうか。
どこまで知っているのか・・・侮れない。
私が、考えを巡らせている間に
颯斗は、窓に近づいてカーテンを引いた。
するとさっきまで薄暗かった部屋の中に光が引き込まれ
えんじ色の絨毯が敷き詰められた部屋の中が
はっきりと見えた。
不要な家具は一切ない。
机が2脚と、その奥の壁には本棚が備え付けられ
部屋の中央には、3人掛けのソファが1脚。
そのソファの前にテーブルがあり
それを挟んで一人掛けのソファが2脚。
今まで気が付かなかったけど、3人掛けのソファには1人先客がいて
長い脚を組んで、男子生徒が座っていた。
彼は、眠っているのか目を閉じ微動だにしない。
ただ艶のある漆黒の髪と端正な顔から、かなりイケメンなのだろうと思う。
「これで、平気?」
桐生颯斗さんは、窓を背にしその場に軽く腰掛けた。
「・・・ありがとうございます。」
「まぁ、立ち話もなんだし座って。」
薄く微笑み、目の前の彼が座っているソファをさした。
私は、彼を起こさないように向かい側の一人掛けのソファに座ろうとしたら
後ろからヒロが「お前はあっち」と彼の横に座るように促す。
「でも・・・」
「座れば?」
どうしたものか・・・
折角気持ち良さそうに寝てるのに、起こしちゃ悪いしなぁ。
戸惑っていると、ソファの方から声が聞こえた。