「頼むよリーシャ姉ちゃん。今日だけだから」

「どうかしら」

都合の良い時だけ従順になられてもと突き放すと、ジャンはすがるような目で訴える。



「ほんとだって。今日は年に一度の祭りだろ?早く行かなきゃ演劇の席がうまっちゃうんだよ」

必死で訴えるジャンに、リーシャは何かを思い出し、先ほどまで歩いていた道を見た。


「そっか、今日はドルネイの建国記念日だったんだ。だからこんなに混んでいたのね」

「そうそう。俺ら子供だからさ、あの波にもまれると移動しづらいんだよ。だから、な?」

もっともらしい理由をつけて説得を試みるジャンはどうしても大衆劇を見たいらしい。

期待に満ちた目を見つめること数秒。先に折れたのはリーシャの方だった。





「分かった。今日だけよ」

「さすがリーシャ!ありがとな」

「だからリーシャ“お姉ちゃん”」

自分の保身の安全を確保できたと思ったや否や走り出すジャンに向かってリーシャは大きな声で叫ぶ。

「はーい」と背中で返事をしたジャンに肩を落としながら、その後ろ姿が見えなくなったのを確認して踵を返す。

そして、リーシャは先ほどよりも足早に裏路地を歩き始めた。

今日は一年に一度の大きな祭り、生誕祭があることをすっかり忘れていた。

建国祭とはここドルネイ帝国が建国されたことを祝う祭りで、聖堂前広場で催される大衆劇や大通りでのパレード行進、様々な出店が軒を連ねるこの日をドルネイの国民は楽しみにしているのだ。