男は市ヶ谷と名乗った。俺よりも年上だろう。
パーマ頭の背の高い男だ。身なりは気を抜きつつも小綺麗でどこかオシャレな感じがする。

俺はと言うと会社帰りで、ずぶ濡れぐしゃぐしゃのスーツ姿。
そんな俺を市ヶ谷は気にかけた。

「……スーツ、クリーニング出さないとやばいね……」

「あ、会社、辞めるんでしばらく着ませんから大丈夫ですよ」

「……笑えないね」

明るいトーンで答えたつもりだったが、市ヶ谷は無表情に返事を返した。

見ず知らずの他人の世話になるなんて……。
普段では有り得ない展開だ。

コイツ……危ない奴じゃないだろうな……。

ひとけのない夜道を街路灯が点々と照らす。
俺は警戒しつつも市ヶ谷の横について歩いた。

もし何かあってもヒョロヒョロ貧弱男に負ける気がしなかった。

海沿いの公園を抜けると超高層のマンションがいくつかそびえたつ。
その中の一つに市ヶ谷の家はあった。

どう見てもファミリー向けの物件だ。
俺は市ヶ谷の家に上がる前に質問してみた。

「家族と住んでるんですか?」

「……違うよ。同居人はいるけどね……」

「同居人?」

俺が尋ねても市ヶ谷は静かに笑うだけでそれ以上は答えなかった。

市ヶ谷の部屋に着くと玄関先で俺は立ち止まった。
このまま……
ドブ臭い異臭を放ち、濡れたまま家の中にあがるのはさすがにないだろう。

「すいません、ここで着替えるんで……何か着る服かしてもらえます?あとタオルもかりていいですか?」

「そのまま上がってシャワー使っていいよ。スーツはカゴにでも置いといてくれたらいいし……」

市ヶ谷は何でもないように俺に部屋にあがるように言った。