『はいはい』
「なにそれむかつく」
仕方ないと言わんばかりの呆れた声。
『意地っ張り』
「どこがよ」
『さあ、どこだろう?』
「……」
仕返しのように返ってくる楽しげな声。まるで子供のようだ。さあ、一体どちらが?
ふわふわと感覚が宙に浮く。
いつの間にか、あんなに頭の中を占めていた苛立ちはどこかへ行ってしまったようだ。
我ながら、なんて単純。
「そっちは今何時?」
『十二時』
「お昼ご飯何?」
『ホットドッグ』
「なんかいつもそれ食べてない?」
『楽だからいいの』
「野菜食べなよ」
『レタス挟まってる』
「バカじゃないの」
くすくすと笑う低い声が耳に馴染む。機械越しの声は少し物足りないけれど、耳を通って脳が痺れるような感覚が心地良い。
電話の向こうはきっと広がる青い空の下、高くそびえたビルに囲まれた緑に身を寄せていることだろう。鳥の声と車の音。微かに聞こえる雑音に耳を澄ませた。
息を吸い込む一瞬だって逃したくない。
『明日、帰れるから』
しゅわしゅわ
「うん」
ぱちぱち
『嬉しい?』
炭酸が弾けるように
「……うん」
頭がびりびりする。
『随分、素直だな』
そう言ってまたくすくすと漏らす。この笑いを直接耳元で聞いたのはいつだったっけ。今日と同じ、機械を挟んだ声なら一週間ぶりだけれど。
「うるさい」
小さく口角を上げ、喉を鳴らしている様子を想像して、思わず可愛くない言葉が飛んだ。