そんなこと言われても、そう思えるほど経験ないのよ

なんてさすがに26歳、口になんて出来なかった


黒崎病院には大きな桜の木がある

どっしりと構えるそれは開業当時に植えられたものだとか

何十年、変わらず咲き続けているそうな

もはやご神木

見上げると少し眩しいくらいに大きい

そっとその儚さに、尊さに瞳を細めていると

「…立花先生」

声が聞こえていることは認識している

それが自分の名前だと思うにはさらに数秒必要だった

「え、あ。島田さん」

どうされました

振り返ると少し困ったような瞳があった

「今日はもう上がりですか」

気を取り直したようにやさしい瞳が向けられる

「ああ、はい」

で、待ち合わせを

なんて野暮なことは言わないでおく

だって、この人は患者で、自分は医者でそれ以上でもそれ以下でもないのだから