「今日の受付は終了してんだけどねえ……」


深夜の帳がおりた、小さな町の片隅の宿屋で、中年の主人は眠い目をこすりながら、突然の客に不満げな声を出していた。


(もう3時じゃないか。なんなんだ、突然押し掛けてきて泊めてくれだなんて……)


内心の不満を隠そうともせず、彼は困った様子で頼み込んでくる、薄い青色がかったの髪をした若い女を見下ろす。


「いきなりこんな時間に来るなんて、非常識なのはわかっています……。でも、もう他に開いている宿屋はありませんし……どうか、一晩だけで良いのでお願い致します」


いやだから、うちだって開けてた訳じゃないんだって。内心でそうぼやきながら、主人は一つ溜め息を溢す。


先ほど、宿の帳簿をつけながらうたた寝していたところに、馬のいななきのような物音がして起きてしまい、様子を見に行ったらこれだ。寝間着のままだってのに。


第一、こんな夜中に馬と馬車で移動している集団というものが得体が知れない。行商人にしては身なりが整いすぎている気がするし、まさか後ろ暗い事情があって逃げている犯罪者などではないだろうか。


断るか否か彼が迷っていた時、交渉が滞っている事を察したのか、待機している馬車の方から、もう一人こちらに向かってきた。


今度は背の高い、灰色の髪で精悍な顔立ちをした青年だ。こちらも無駄に整った身なりをしている。


「夜分遅くに誠に申し訳ありません。そちらの事情もお察ししますが、しかしこちらもなかなか差し迫っておりまして……あ、申し遅れました。私、こういう者です」


この時間帯には似つかわしくない爽やかな笑顔を浮かべながら、彼は流暢に言葉を流すと、名乗り上げるように肩口を示した。


主人は促されるままそちらを見、やがて一瞬の後表情に驚愕が浮かぶ。


(初めは気付かなかったが、肩にある紋章はイルシオン皇家のもの……その上に十字架が描かれているということは、こいつは皇家直属の聖十字騎士団……!?)


さらにその刺繍の近くには、主人にはよくわからないが恐らく身分を示すのであろう襟章がある。そこそこの地位を表しているのであろうことは推測できた。


彼は居心地悪そうに視線をさ迷わせた後、やがて溜め息を吐き出した。


「騎士さんね……わかったよ。部屋が空いてないわけじゃない。三階の奥の二部屋が空いてるから泊まっていくと良い。ご苦労様、と言いたいところだけど、次からは営業時間内に来ておくれよ」


最後に嫌味も織り込みながら、主人はポケットから二つ鍵を取り出し、女の手に渡した。


どっと疲れを感じた彼は、そのままくるりと自分の寝床に向かう。帳簿は明日やろうと思うのであった。