雲のない蒼く澄んだ空を切り裂いて、真っ白な鳥が南に飛んでいく。
イルシオン皇国第二王女アルディス・ラ・シュミットは、皇宮の自室の窓からそれを見上げていた。
──きれい……。
唐突に、そんな言葉が心に浮かぶ。
時が止まったような一瞬。しかしそれはすぐに過ぎ、自由な鳥は彼女の見えない空へと姿を消してしまう。
ふっと息を吐き出して、アルディスは家庭教師に読むように言われていた聖書に視線を戻した。
その部屋に足を踏み入れようとした使用人のアンは、その様子に思わず足を止める。
そこにはまるで一枚の絵のような情景が広がっていた。
──「イルシオンのガラス細工」。
その評が他国にまで知れ渡るほど、アルディスの美しさには定評があるのは知っていたけれど、まさかかここまでとは。
桜の花弁の色にも似た、ピンクブロンドの腰まで届く髪。
すっきりとした鼻筋と色づきの良い唇。
漆黒の長い睫毛と、髪と同じ色の瞳、憂いを含んだ視線。
線が細めの、華奢で小柄な体躯。
その全てが、主張し合うことなく、静かに、自然に調和しているさまは、見ているものに畏敬の念すら与えるほどに美しい。
ガラス細工。まさにその言葉通り、彼女は繊細で脆い、そんな印象を与えられた。
と、それまで黙って聖書に視線をさまよわせていたアルディスが、つ、と顔を上げた。
アンと目があう。
思わず見惚れていたアンは、慌てて居ずまいを正した。
「おっ、お嬢様、初めまして。わたくし、本日よりお嬢様付きの使用人となりますアン・ブライトンと申します」