「斉藤花ってあなた? ああそう、ちょっと話があるんだけど」
二学期に入って少しして。ようやく夏休みボケから片足を抜け出せそうになった頃、昼休みの花に呼び出しが来た。タイの色は2年生のもの。まもなく修学旅行がやってくるウキウキする時期に、一体何の用なのか。
昼休み──これからお弁当というタイミングだったため、花は一度教室の中を振り返った。一緒にお昼を食べる友人たちが、心配そうにこちらを見ている。おとなしいグループに属する彼女らは、相手が上級生であるためか、うっかりでも近づいてきてくれないようだ。
「ええと、何の御用でしょうか?」
お迎えの上級生は3人。ポニーテールの長身の女子を筆頭に、ショートとストレートのロングだ。はっきり言って面識はない。だから、ほいほいついていく気分にはなれなかった。
「……倉内くんのこと、と言えば分かる?」
だが、言葉にされた人物の名を聞いて、花は考えを改めた。怪訝な気持ちがすぱっと消え、「分かりました」とほいほいする気になったのだ。
「ちょっと言ってくるね」と振り返り、友人たちに手を振る。うわあと言う顔をした彼女らの表情が印象的だった。
「どこに行きましょうか?」
歩き出す前に、花は代表だろうポニーテール先輩に問いかける。まだ外は暑いのだ。日当たりのいいところは、出来ればいやだなと思った。
「どこって……体育館裏でいい?」
ポニテ先輩は、ちらちらと後方の二人に確認をする。
「それより、普通に校舎裏とかどうでしょう。近いですし」
校舎から遠い体育館裏まで行くのは、だるいし時間も余計に使ってしまう。つい花がそう提案すると、彼女らは戸惑った表情になった後、そこでいいわと了承してくれた。
花はほっとしながら、先輩たちについて歩き出す。一年の教室は3階なので、階段を降りきってしまえば、すぐ裏には出られる。上履きのままだが、校舎ぞいの地面はコンクリートになっていて、そこであれば靴に履き替えなくてもいいだろう。
さて、と。
階段を降りながら、花は考えを巡らせた。倉内の件で上級生に呼び出されるのは初めてだが、考えていなかったわけではない。倉内は、とても女性に好かれる容姿をしているので、花としても迂闊に地雷を踏まないようにだけは気をつけてきた。
しかし、完全に隠しきれるものでもない。いつかは来るべきものだった。そう考えれば、気が重いわけでもない。
気が重くなくなった理由は──花の中で、ひとつの形が出来上がっていたからだ。
「単刀直入に言うけど、倉内くんから離れてくんない?」
「すみません、無理です」
校舎裏。昼休みが始まったばかりのこの時間は、まだ誰も裏庭にいない。昼休みが進んだところで、ほとんど人は来ないだろうが。
太陽は高い位置にあるが、校舎のすぐ側くらいまでは日陰をつくってくれていて、そこで3人の上級生と花は向かい合ったのだ。
そして、単刀直入に切り出され、同じほど彼女は単刀直入に切り返した。返答に淀みがなかったせいか、一瞬向こうに沈黙が生まれる。
「あなた、倉内くんのこと……好きなの?」
ジロジロと眺め回された後、ポニテ先輩は目障りな表情を消さないまま、花に向かって問いかける。
「大切な友達です」
これが、彼女の中で出来上がった倉内の形だ。
上級生に向かって、花はその伝家の宝刀を抜いた。夏休みの間に形になった、自分と倉内の関係を表す言葉。他の人にはどう見えるかは分からないが、それは花にとって、かけがえのないキラキラしたものだ。
「はぁ?」
その刀を前に、上級生たちは奇妙な顔をした。
「楓先輩は、私の大切な友達です」
関係に名前があるというのは、花の足場を安定させてくれた。いままでは、他人に聞かれた時に答える言葉がなかったのだ。言葉がなければならないというわけではないが、周囲が納得してくれないだろうということくらいは、花も分かっていた。
「かえ……ねぇ、それってただ単に倉内くんのことを独占したい口実じゃないの? 『大切な友達』とか綺麗事、言っちゃって」
「そうよそうよ」
「私たちの方が、倉内くんと友達の期間、長いんだから」
ポニテ先輩に続き、ショート先輩、ストロン先輩が初めて声をあげる。活発そうなショート先輩の声がやや甲高かったのが、花にとっては印象的だった。
「楓先輩の友達……なんですか?」
最後の言葉を言ったストロン先輩に、花は視線を向けた。他のどんな言葉よりも、それが気になったのだ。
「そ、そうよ……それが何か?」
花からの個人攻撃に一歩引く動きを見せたストロン先輩は、しかし踏みとどまって言い返す。
「そうですか、それは良かったです。でも、友達なら……ええと、その……こういうことは……」
「花さん!」
花は、必死で言葉を考えている最中だった。上級生たちの神経に障らないように、花の気持ちを伝える言葉を探していたのである。だから、自分の言葉にかぶった別の声に、すぐには反応出来なかった。
「……?」
一拍遅れて自分が呼ばれた気がして、花はきょろきょろした。しかし、声は前からでも後ろからでもなく
「花さん、だ、大丈夫?」
上から、だった。
ぐうんっと首を真上に上げると、二階から身を乗り出す人が見えた。薄く茶色い髪は、上下の落差があってもよく分かる。
そんな倉内の横の窓から、心配そうな二人の友人が遠慮がちに見下ろしているのが見えた。
その不思議な組み合わせを見て、花は理解したのだ。彼女のことを心配した友人が、会話の内容から倉内楓に助けを求めたのだろうということを。
「は、花さん、すぐ、すぐ行くから!」
そんなに身を乗り出すと危ないと花が言いたくなるほど、彼は一度大きく身体を窓の外に出した直後、視界から消え失せた。言葉通り、階段に回って降りてくるのだろう。
突然の出来事に花も驚いたが、視線を戻した先にいる三人の上級生も度肝を抜かれたようだ。
一番慌てていたのはショート先輩だった。「行こ、ねえもう行こう」と、倉内と鉢合わせるのを恐れているように見える。ストロン先輩もまた、そんなショート先輩に腕を引っ張られて、反対側から逃げようかと算段する視線の動かし方をする。
ポニテ先輩だけが、ぶすったれた顔で花を見るのだ。
「楓先輩って……いい人ですよね」
そんなポニテ先輩に、花はさっきまで考えていた言葉のひとつを掴み出した。
「そうよ、倉内くんは優しくて絶対怒鳴ったりしないし、女子をからかったり馬鹿にしたりしないわ」
倉内にバレてしまったことで、逆に何か吹っ切れたのか、ポニテ先輩がひとつ大きなため息をついた後、ついに本音を吐き出してくれた。
おおおおおと、花の中でテンションが上がっていく感覚が、自分でも分かる瞬間だった。
「ですよねですよね。楓先輩は、何かこう紳士っぽいというか、女性に特に優しいというか」
夏休みの間で特に感じていたことを、花もうんうんと頷きながら同意する。
「そう、だから倉内くんの女子の中でのあだ名は『王子』よ。最近、もっと優しくなったから、倉内くんのファンは増えてるわ」
「おお、王子! そうなんですか……王子……うーん、紳士の方がしっくりくるような」
「あなたの意見は、別に聞いてないんだけど」
「あっ、そうですね。すみません」
「花さん!」
悠長に倉内を褒める会を開催していた花は、倉内の声が同じ高さから聞こえてきたことに気づき、後方を振り返った。
はぁはぁと、息も荒く足早に近づいてくる彼の姿。
「は、花さん……大丈夫?」
「はい、大丈夫です、楓先輩」
こくこくと大きく花は頷いて見せた。何の心配もいらないのだと。
「先輩たちといま、楓先輩の長所を確認してました」
「……は?」
その瞬間の倉内の表情と言ったら。本当に顎を外さんばかりにぱっかりと口を開け、意味が分からないという顔になったのだ。
そんな顔を、花は初めて見た。
「楓先輩のあだ名が『王子』と聞いて、正直、ちょっと異議ありとは思いましたけど」
「……はぁ、そ、そうなんだ」
開けっ放しだった口を閉じたが、腑に落ちない表情で倉内が相槌を打つ。
「だから、大丈夫ですよ?」
元々、いつか来ることは分かっていたし、花の中の足場は固まっていたので、本人としても余り心配はしていなかったのだ。逆に、倉内が現れることこそが予定外だった。心配してくれた友人たちには、感謝をしているが。
「べ、別にその子をいじめてたわけじゃないわよ。倉内くんがよく構ってるようだったから、何でかなと思っただけよ」
ポニテ先輩は、完全に開き直った顔で倉内に言葉を尽くす。
「友達、だから……」
そんな彼女に、ぼそっと倉内が音をこぼす。視線は、彼女に向けられていない。それでも彼は、足を踏ん張って続けてこう言ったのだ。
「花さんは、大切な友達だから……」
それは、花を幸せにさせる音。
大切な友達という両思いの関係になれる相手は、実はどこにでも転がっているものではない。普遍的で、とても心地いい言葉だった。
「この子にもそう聞いたところよ……そんなの『変』って言いたいけど、言わないでおく。倉内くんが、私に『変』って言わなかったことは、忘れてないから……行こ」
倉内の何倍もの言葉を並べながら、ポニテ先輩は切ない表情を振り切るように歩き出した。二人の女子もまた、彼女について小さくなりながら脇を駆け抜けて校舎へと戻って行く。
「花さん……」
「楓先輩、今日一緒に帰りましょうか」
二人きりで取り残された校舎裏。倉内にしてみれば、心配したのだから言いたいことはいろいろあるだろう。
しかし、それには問題があった。だから、改めて時間を取りたいと花は下校の提案をしたのだ。前に、花から誘うという話もしていたことだし。
「え? あ、うん、一緒に帰ろう……えっと」
それに先手を取られた倉内が、一瞬言葉を見失った目をした。
「話はその時にゆっくり……おなかすきました」
問題。
それは、花がまだお弁当を食べていない、ということだった。
二学期に入って少しして。ようやく夏休みボケから片足を抜け出せそうになった頃、昼休みの花に呼び出しが来た。タイの色は2年生のもの。まもなく修学旅行がやってくるウキウキする時期に、一体何の用なのか。
昼休み──これからお弁当というタイミングだったため、花は一度教室の中を振り返った。一緒にお昼を食べる友人たちが、心配そうにこちらを見ている。おとなしいグループに属する彼女らは、相手が上級生であるためか、うっかりでも近づいてきてくれないようだ。
「ええと、何の御用でしょうか?」
お迎えの上級生は3人。ポニーテールの長身の女子を筆頭に、ショートとストレートのロングだ。はっきり言って面識はない。だから、ほいほいついていく気分にはなれなかった。
「……倉内くんのこと、と言えば分かる?」
だが、言葉にされた人物の名を聞いて、花は考えを改めた。怪訝な気持ちがすぱっと消え、「分かりました」とほいほいする気になったのだ。
「ちょっと言ってくるね」と振り返り、友人たちに手を振る。うわあと言う顔をした彼女らの表情が印象的だった。
「どこに行きましょうか?」
歩き出す前に、花は代表だろうポニーテール先輩に問いかける。まだ外は暑いのだ。日当たりのいいところは、出来ればいやだなと思った。
「どこって……体育館裏でいい?」
ポニテ先輩は、ちらちらと後方の二人に確認をする。
「それより、普通に校舎裏とかどうでしょう。近いですし」
校舎から遠い体育館裏まで行くのは、だるいし時間も余計に使ってしまう。つい花がそう提案すると、彼女らは戸惑った表情になった後、そこでいいわと了承してくれた。
花はほっとしながら、先輩たちについて歩き出す。一年の教室は3階なので、階段を降りきってしまえば、すぐ裏には出られる。上履きのままだが、校舎ぞいの地面はコンクリートになっていて、そこであれば靴に履き替えなくてもいいだろう。
さて、と。
階段を降りながら、花は考えを巡らせた。倉内の件で上級生に呼び出されるのは初めてだが、考えていなかったわけではない。倉内は、とても女性に好かれる容姿をしているので、花としても迂闊に地雷を踏まないようにだけは気をつけてきた。
しかし、完全に隠しきれるものでもない。いつかは来るべきものだった。そう考えれば、気が重いわけでもない。
気が重くなくなった理由は──花の中で、ひとつの形が出来上がっていたからだ。
「単刀直入に言うけど、倉内くんから離れてくんない?」
「すみません、無理です」
校舎裏。昼休みが始まったばかりのこの時間は、まだ誰も裏庭にいない。昼休みが進んだところで、ほとんど人は来ないだろうが。
太陽は高い位置にあるが、校舎のすぐ側くらいまでは日陰をつくってくれていて、そこで3人の上級生と花は向かい合ったのだ。
そして、単刀直入に切り出され、同じほど彼女は単刀直入に切り返した。返答に淀みがなかったせいか、一瞬向こうに沈黙が生まれる。
「あなた、倉内くんのこと……好きなの?」
ジロジロと眺め回された後、ポニテ先輩は目障りな表情を消さないまま、花に向かって問いかける。
「大切な友達です」
これが、彼女の中で出来上がった倉内の形だ。
上級生に向かって、花はその伝家の宝刀を抜いた。夏休みの間に形になった、自分と倉内の関係を表す言葉。他の人にはどう見えるかは分からないが、それは花にとって、かけがえのないキラキラしたものだ。
「はぁ?」
その刀を前に、上級生たちは奇妙な顔をした。
「楓先輩は、私の大切な友達です」
関係に名前があるというのは、花の足場を安定させてくれた。いままでは、他人に聞かれた時に答える言葉がなかったのだ。言葉がなければならないというわけではないが、周囲が納得してくれないだろうということくらいは、花も分かっていた。
「かえ……ねぇ、それってただ単に倉内くんのことを独占したい口実じゃないの? 『大切な友達』とか綺麗事、言っちゃって」
「そうよそうよ」
「私たちの方が、倉内くんと友達の期間、長いんだから」
ポニテ先輩に続き、ショート先輩、ストロン先輩が初めて声をあげる。活発そうなショート先輩の声がやや甲高かったのが、花にとっては印象的だった。
「楓先輩の友達……なんですか?」
最後の言葉を言ったストロン先輩に、花は視線を向けた。他のどんな言葉よりも、それが気になったのだ。
「そ、そうよ……それが何か?」
花からの個人攻撃に一歩引く動きを見せたストロン先輩は、しかし踏みとどまって言い返す。
「そうですか、それは良かったです。でも、友達なら……ええと、その……こういうことは……」
「花さん!」
花は、必死で言葉を考えている最中だった。上級生たちの神経に障らないように、花の気持ちを伝える言葉を探していたのである。だから、自分の言葉にかぶった別の声に、すぐには反応出来なかった。
「……?」
一拍遅れて自分が呼ばれた気がして、花はきょろきょろした。しかし、声は前からでも後ろからでもなく
「花さん、だ、大丈夫?」
上から、だった。
ぐうんっと首を真上に上げると、二階から身を乗り出す人が見えた。薄く茶色い髪は、上下の落差があってもよく分かる。
そんな倉内の横の窓から、心配そうな二人の友人が遠慮がちに見下ろしているのが見えた。
その不思議な組み合わせを見て、花は理解したのだ。彼女のことを心配した友人が、会話の内容から倉内楓に助けを求めたのだろうということを。
「は、花さん、すぐ、すぐ行くから!」
そんなに身を乗り出すと危ないと花が言いたくなるほど、彼は一度大きく身体を窓の外に出した直後、視界から消え失せた。言葉通り、階段に回って降りてくるのだろう。
突然の出来事に花も驚いたが、視線を戻した先にいる三人の上級生も度肝を抜かれたようだ。
一番慌てていたのはショート先輩だった。「行こ、ねえもう行こう」と、倉内と鉢合わせるのを恐れているように見える。ストロン先輩もまた、そんなショート先輩に腕を引っ張られて、反対側から逃げようかと算段する視線の動かし方をする。
ポニテ先輩だけが、ぶすったれた顔で花を見るのだ。
「楓先輩って……いい人ですよね」
そんなポニテ先輩に、花はさっきまで考えていた言葉のひとつを掴み出した。
「そうよ、倉内くんは優しくて絶対怒鳴ったりしないし、女子をからかったり馬鹿にしたりしないわ」
倉内にバレてしまったことで、逆に何か吹っ切れたのか、ポニテ先輩がひとつ大きなため息をついた後、ついに本音を吐き出してくれた。
おおおおおと、花の中でテンションが上がっていく感覚が、自分でも分かる瞬間だった。
「ですよねですよね。楓先輩は、何かこう紳士っぽいというか、女性に特に優しいというか」
夏休みの間で特に感じていたことを、花もうんうんと頷きながら同意する。
「そう、だから倉内くんの女子の中でのあだ名は『王子』よ。最近、もっと優しくなったから、倉内くんのファンは増えてるわ」
「おお、王子! そうなんですか……王子……うーん、紳士の方がしっくりくるような」
「あなたの意見は、別に聞いてないんだけど」
「あっ、そうですね。すみません」
「花さん!」
悠長に倉内を褒める会を開催していた花は、倉内の声が同じ高さから聞こえてきたことに気づき、後方を振り返った。
はぁはぁと、息も荒く足早に近づいてくる彼の姿。
「は、花さん……大丈夫?」
「はい、大丈夫です、楓先輩」
こくこくと大きく花は頷いて見せた。何の心配もいらないのだと。
「先輩たちといま、楓先輩の長所を確認してました」
「……は?」
その瞬間の倉内の表情と言ったら。本当に顎を外さんばかりにぱっかりと口を開け、意味が分からないという顔になったのだ。
そんな顔を、花は初めて見た。
「楓先輩のあだ名が『王子』と聞いて、正直、ちょっと異議ありとは思いましたけど」
「……はぁ、そ、そうなんだ」
開けっ放しだった口を閉じたが、腑に落ちない表情で倉内が相槌を打つ。
「だから、大丈夫ですよ?」
元々、いつか来ることは分かっていたし、花の中の足場は固まっていたので、本人としても余り心配はしていなかったのだ。逆に、倉内が現れることこそが予定外だった。心配してくれた友人たちには、感謝をしているが。
「べ、別にその子をいじめてたわけじゃないわよ。倉内くんがよく構ってるようだったから、何でかなと思っただけよ」
ポニテ先輩は、完全に開き直った顔で倉内に言葉を尽くす。
「友達、だから……」
そんな彼女に、ぼそっと倉内が音をこぼす。視線は、彼女に向けられていない。それでも彼は、足を踏ん張って続けてこう言ったのだ。
「花さんは、大切な友達だから……」
それは、花を幸せにさせる音。
大切な友達という両思いの関係になれる相手は、実はどこにでも転がっているものではない。普遍的で、とても心地いい言葉だった。
「この子にもそう聞いたところよ……そんなの『変』って言いたいけど、言わないでおく。倉内くんが、私に『変』って言わなかったことは、忘れてないから……行こ」
倉内の何倍もの言葉を並べながら、ポニテ先輩は切ない表情を振り切るように歩き出した。二人の女子もまた、彼女について小さくなりながら脇を駆け抜けて校舎へと戻って行く。
「花さん……」
「楓先輩、今日一緒に帰りましょうか」
二人きりで取り残された校舎裏。倉内にしてみれば、心配したのだから言いたいことはいろいろあるだろう。
しかし、それには問題があった。だから、改めて時間を取りたいと花は下校の提案をしたのだ。前に、花から誘うという話もしていたことだし。
「え? あ、うん、一緒に帰ろう……えっと」
それに先手を取られた倉内が、一瞬言葉を見失った目をした。
「話はその時にゆっくり……おなかすきました」
問題。
それは、花がまだお弁当を食べていない、ということだった。