綾瀬聖二―――。

綾瀬家の二男。歳は今年23になるらしい。
そんなこの男は、四兄弟の中で最も何を考えてるかわからない男。


「あー…明日その分遅いから」


にこりともしないでそう答える。

ぼんやりとベランダからの夜の眺めを見つめてるだけ。


「ふぅん…」
「なに。今日は叫ぶことないの」
「そ、そんな毎日ストレス溜まってなんかないですよー!」
「…井戸でも掘るか?」
「は?」
「『王様の耳はロバの耳』の床屋みたいに井戸に愚痴吐けば」
「はあぁぁ?!!」


思わず大きな声を上げてしまった。そんな私の口を聖二が手で覆う。


「…うるさい」
「んーーー!」


確かに!確かに近所迷惑だったかもしれないけど!
でも、そんなに人をストレスの塊りみたいに!

大体聖二みたいなヤツでも『王様の耳はロバの耳』なんて知ってるんだ?

なんてどうでもいい情報に気を持ってかれる自分が憎い!


私がどうやって言い返そうか、涙目になりながらジロッと聖二を睨んでいる顔を、聖二は笑った。


「ほんと、面白いヤツ」


そのちょっと小馬鹿にしたような笑い顔も―――結構好き。


「井戸なんか、いらないもん!」
「あ?」
「そんなとこに喋らなくても、アンタが聞いてくれるんでしょ?!」


私がそう詰め寄るように言うと、聖二は目を丸くしてこっちを見ていた。

そして少ししてから、さっきみたいな笑顔じゃなくて、本当に優しい顔をして言う。


「―――そうだったな」