「痛っ!」


「お前いきなり殴るなって」


「そっちがぶつかってきたのに謝りもしないからでしょ?」


高校の入学式


俺、結城 拓は、いきなり女に殴られた。




すごくキレイっていう訳でもない気の強そうな女。


「もぉお前まじ感じ悪いから」


「それはこっちのセリフだよ!!」


これ以上この女に関わりたくなくて俺は自分のクラスへと急いだ。


こんなに暖かくって気持ちいい日なのにあいつ台無しにしやがって。。。


あ〜朝からイライラする!


「おぉ〜拓おはよう!同じクラスだったかぁ。笑」



嬉しそうに肩を叩くのは吉村 瞬。


俺とは幼稚園のときからの腐れ縁で隣にいる事が多かった。
「夕実おはよっ!」


えっ?


聞き覚えのある声が遠くの方で聞こえる。


まじかよ。。あいつ。。


絶対に目を合わせないでおこう。



「沙希〜おはよぉ!!」



「夕実〜同じクラスなんだぁ!」


「なんか楽しくなりそうだね!」



「だね!あ〜恋したいよぉ〜!」



なんなのアイツ。。。


さっきと全然別人じゃん。

その甲高い声がさっきと同一人物だとは思えなかった。





「拓!そろそろ体育館いこうぜ」


「お、おう」



なるべくアイツを避けるように俺はドアの方へと向かう。



瞬を壁にしてゆっくりと目立たないように教室の外へと出た。



「あれ?」


明らかに視線を感じる。


えっ。。見つかった?


あぁ。。。



一歩ずつこっちに近づいてくるのが分かる。


あっ来る。。


来る。。。


来たぁ。。


目の前でニヤニヤ笑う女と目を合わしたくなくて俺はわざと遠くの方を見た。





「さっきはどうもぉ〜!」


「ど、どうも」


「知り合い?」



「知り合いっていうか最低男!」



「お前なぁ!」


「アタシには香川沙希っていう名前があるんですけど!」


「あっごめん」




なんで俺が謝ってんの?





気づいた時にはすでに自分のペースがつかめていなかった。




「アタシ、今村夕実。ヨロシクね」

「あっ俺は結城拓。っでコイツが瞬。吉村瞬」


「ヨロシク〜」


「ヨロシクねっ!」


俺たちが自己紹介してるのにも関わらず、この女はもう違う方を向いている。


「じゃあ夕実いこう」


「うん。分かった」


香川沙希は夕実ちゃんの手を引っ張って教室を出て行った。


「俺アイツ無理。。。」



「だろうな。。。」


瞬と顔を合わせて笑い俺たちも体育館へと向かった。


「できれば担任は若いきれいな先生でお願いしたいよな?」


瞬は本当に昔から女好きだ。


それに加えて誰にでも愛想が良くて優しい瞬の周りには常に女の子が集まって来ていた。


「俺はあんまり興味ないかも」


「お前そんな悲しい事いうなよ」



「まあな」




結局担任は瞬の期待を裏切って髪の薄い親父になった。


あの担任を読み上げられたときのクラス全員の肩の落とし方は後ろから見てても笑えた。





「あの親父はないって!」

「そうだな。笑」


まだショックから立ち直れていない瞬は大きくため息をつきながら窓の外を見ていた。



「まぁ担任と恋愛する訳じゃないからな」


自分に言い聞かせてる瞬がなんだかかわいい。

諦めのついた俺と瞬は教室へと戻った。



「拓、今日の帰り遊びに行かねぇ?」


「あ〜今日は止めとくわ」


「そっか。りょ〜かい」


担任の尾崎から簡単な紹介があってその日の学校は終わった。


俺は瞬に先に帰る事を告げ教室を出た。



うちへと向かう足取りは重くてただフラフラと時間をかけながら帰る。


本当は瞬と遊んでる方が楽しいに決まってる。



でも今日は母親が入学祝いに珍しく料理を作って待ってるって言ってたから。。









うちの近くまで帰るといつもはない車が停まっていた。



その車を気にしながら玄関のドアを開ける。



「拓。お帰り」


「ただいま」


「お母さんちょっと。。彼が待ってるから出るね。おいしいご飯いっぱい作ったからね。入学おめでとう」


そう言って母親は嬉しそうにうちから出て行った。


「なぁ」


呼んでも振り返る事はなかった。



普段はないテーブルの上に並ぶたくさんの料理を一つずつレンジに入れて温める。



その時車のエンジンがかかり走り出す音が聞こえた。




「じゃあ帰って来いなんて言うなよっ!!」




誰もいない部屋で叫んでも声が届くことはなくそのまま外へ出た。



行くあてなんてない。


俺は家から少し歩いた所にある小さな公園のベンチに座って大きく溜息をついた。


残り少ない桜をぼーっと見ながら母親の事を考える。


あの人の男癖が悪いのは今に始まった事じゃない。

もう俺がそれがどういう事なのか理解できる頃にはいろんな男が出入りしてた。


俺の親父はイベント会社の社長をしてて大きなビルをいくつも持っているような人だと聞いた。


あっちにも俺の2こ上の息子がいて同じ高校らしい。


もちろん母親は違う。


愛人の子なんて所詮こんなもの。


母親だけでも俺の事をちゃんと愛してくれていたらそれだけでよかったのに。


4月といってもまだ日が落れば冷える。




・・帰ろう


重い腰を上げて来た道を戻る。


テーブルに並ぶ全く手をつけてない料理がなんだか申し訳なく感じて少しだけ口にした。


「香川沙希か」




めちゃくちゃな女だったな。


俺は新しい制服をハンガーにかけてソファに寝転がった。




テレビを見る気分でもない。


今日も帰って来ないのかな。。

あれでも俺にとってはたった一人の母親だ。





静まり返った部屋で考えるのは「香川沙希」

俺なんかおかしいわ。。

今まで会った事のないタイプの女だったからちょっと頭から離れないだけ。。




瞬は何してるんだろ?

こんな事なら誘いにのっとけば良かった。



ドンッ



車のドアが閉まる音がした。



俺は窓から下を覗く。でもそれはすぐに後悔へと変わった。


知らない男と抱き合ってキスをしている母親の姿。

なんか気持ち悪い。


俺は窓の傍から離れてベッドに戻った。





どれくらいの時間が経っただろう。



玄関のドアが開く音がした。



「ただいまぁ。あれ?拓全然食べてないじゃない」



俺の部屋に入ってこようとする母親を外へ押し出した。


「入ってくんな!いつまでもチャラチャラしやがって」




「お母さんまだ30代だもん」


俺はそれ以上聞きたくなくて耳をふさいだ。