緩やかな坂を下り始めた前方に広がる黒い海原。僅かに波打つ先が、小刻みに光っている。


「おっ、海だ」


高揚した声を上げて、彼はシートにもたせ掛けていた体を起こした。気分が悪いんじゃなかったのかと振り向くと、私を見てにこりと笑う。すぐに前に向き直って、


「気分は大丈夫? あまりきょろきょろしてると余計に気分が悪くなるよ」


と言ったら、彼は再びシートにもたれ掛かって窓枠に肘をついた。


「ああ、大丈夫。海見たらマシになった、でも早く外に出たい」

「そう、よかった。ちょっと待って」


弧を描く下り坂を下りていくと左側に漁港、右側には民宿の明かりが目に映る。点在する街灯は白瀬大橋よりも暗い。


道路を走るのは私たちの車だけ。坂を下りる時に見えていた小さな波の輝きは、ここからは見えない。近づいたはずなのに、波の音も聴こえなくて静か過ぎる。


速度を落として駐車できそうな場所を探す私の肩を、彼がぽんと叩いた。驚く間もなく彼が指した先は、漁港と道路を隔てる堤防沿いの空き地。


「あそこは?」

「いいよ、待って」


私はゆっくりと車を寄せた。