こんな時間に白瀬大橋を渡る車なんていない。だけど心細さなどは感じない。等間隔に灯る街灯の明かりが、真っ暗なはずの道路を煌々と照らしているから。


橋を渡り切ったら右手に白く浮かび上がる桜並木。満開の花が街灯の明かりにぼんやりと白く滲んでいる。


「ここも満開だな、昼間だったらもっと綺麗だろうなあ」


運転席側の窓を通り過ぎてく桜を見ながら彼が言った。声が弾んでいるのは、お酒のせいだろう。


「そうだね、和田さんたちは毎朝出勤する時に観てると思うよ」

「いいね、出勤前の花見か……俺、いい時に来たのかもな」


と言って、彼が口を噤んだのがわかった。ただ卑屈にな言い方ではなかったから、本心から出た言葉かもしれない。


車がトンネルに入り、桜並木が途切れた。同時に車内の空気の流れが、しんと静まったように思える。


「このまま海の方を回って帰るのか? どこかに車停めてくれない? 外の空気吸いたいから」

「うん、気分悪くなったの? 海沿いで停めるから少し待って」


待ってと言うよりも我慢してと言う方が良かっただろうか。どちらにしても車内で吐いたりされたら困る。


海が見えるまで、少しだけアクセルを踏み込んでスピードを上げた。