今までどこに身を隠していたのか、カチュアは何度も「やめて、お願い」と繰り返しながら走り寄る。


そして、クリストファーに駆け寄ると、庇うように首に手を回してジルを振り返った。


彼女の瞳からは大粒の涙が止め処なく流れている。


「カ、カチュア…?」


ジルは震える足で一歩二人に近づいた。


「お願い。もうやめて」


「でも、カチュア。
その男は……」


「もういいの。もう、いいから」


泣きじゃくりながらクリストファーを庇うカチュアの姿に、ジルは何も言えなくなってしまった。


この男はカチュア本人とイスナの国王の命を狙った男だ。

そんな男をカチュアは許そうというのか。



まだ震える唇を噛み締め、ジルは二人から目を逸らした。


カチュアはどう言ってもクリストファーを庇うだろう。


今まで想いを抱いてきた相手が、自分の命を狙おうとした。

でもどこかに信じたくない気持ちがまだ残っているのかもしれない。


二人をこのままにしておくのは気懸りだが、それよりもジルにはもっと気になることがある。



ジルはその場から離れ、倒れたローグの元へ走り寄った。


「ローグ。ローグ!!」


ローグを抱き起こし、腕に抱えると、顔に掛かった長い前髪を払ってやる。


ローグの顔は煤で真っ黒だ。


それを掌で拭うと、ローグは「うぅ…」と呻き声を漏らした。


よかった。
生きている。

ジルは安堵に胸を撫で下ろした。


あの焔の渦を受けて、よく無事でいられたものだ。


だが、相当なダメージだ。

衣服は焼け焦げてボロボロになっている。

そこから伸びる手も火傷を負って痛々しい。

自慢の革アーマーからは燻された煙がほのかに漂っていた。


ローグから漏れる呼吸はとても辛そうに見える。


それでもジルはローグが生きていたことにホッとした。


彼の手を握ると、ジルの頬に一筋の涙が流れた。