海の中のようだ、と。

海のそこにいるような感覚は
私を襲って離さない。



…音の無い世界はこんなにも。






私を取り巻く全ての物は、
音を奏でず。




森が歌う声も、
風がなびく音も。





全部全部。



昨日まで聞こえていた、
君の声はもう聞こえない。





彼に筆記用具を持ってきてくれるように手振りで示す。
書斎から帰ってきた彼はメモ用紙とボールペンを寄越す。



それを受け取り、一筆。



―――ごめん、聞こえない。







文字にしてさらに悲しくなった。
昨日まで聞こえていたのに。




彼は深刻な顔をして隣に書き加えた。



―――どの程度、いつから。



―――なつめさんの声も全部、今朝。




―――病院に行こう、それまで寝てな。




泣きそうな笑顔でこちらを見やる。
私も彼に向き直り、ひとつ頷く。



彼の手が私の頭に降りて来てそのまま心地良いテンポを刻む。



夢だったらいいのに。

全部、全部、これは夢。

そうだ、こんなのありえないじゃないか。





なんで、昨日まで聞こえていたのに。
なんで、彼の声は聞こえない。





全部、ぜんぶ、消えてしまえ。



そう思った。