由里は身体が酷く重く感じていた。何故ならば全体力を神谷夏樹に費やしてしまったからだろう。気力も底をついていた。
「はあ…。只今戻りましたー…。」
自分のデスクに戻るとメールチェックをするためにパソコンの電源を入れた。今季の秋用にと新しく買ったワインレッドのストールをとりながらメールボックスを開く。
「えらく疲れてるね」
優しいテノールが左側から響いてくる。由里がちらっと見ると、相手は全く由里の方を向いてなかった。
「わかります?」
「わかるよ。もう6年程君の横で上司として仕事してるからね。」
コーヒーを飲みながら由里に話しかける、上司である斉藤祐也はそれでも手を休ませずに動かす。
来月号に載せる楽器備品の特集を任されている。一つ一つ品質をチェックしていかなければならないから、とても面倒だし下手なことを書いてしまったら楽器業者と揉めてしまう。
そんな仕事を任される斉藤を由里は尊敬しているし憧れている。それを斉藤はわかっていながら、普通に由里に接してくれる。
そんな斉藤の優しさについ甘えてしまう。
「…来月号で特集する音大生が酷くて。」