「階段から転倒した傷は、たいしたことがなかったんだ。それなのに、結奈は目を覚まさない。君は世界の全てを拒絶したんだ」
「……嘘よ。でたらめだわ。だって、私はあの後おばあちゃんの家に引き取られて……」
おばあちゃん?
私におばあちゃんなど、いたのだろうか?
「でも、中学校の部活は、早く帰れるからって美術部に入ったわ。高校は高野ヶ原女子高校にギリギリ受かって、真紀ちゃんっていうひょうきんな子と友達になった。それから専門学校のテニスサークルでクマみたいな彼と出会って、もうすぐ結婚するのよ」
そう。私には記憶がちゃんとある。
「結奈、お父さんもお母さんも、君を心配しているよ」
心配?
おかあさんというフレーズにピクリと身体が反応する。
ピシャリと叩かれた頬に手を当てた瞬間、急に可笑しくなった。
「お母さんが、心配なんかするはずないじゃない」