ようやく乗りこんだ帰りの電車。
疲れた私を綾乃が労ってくれたりと、他愛ない会話を交わしているうちに、私の降りる駅が近づいてきた。
「あたしもそこで降りるよ」
「え、綾乃の駅はまだ先でしょう?」
「実は、例のバンドの練習スタジオが、その駅の近くなの!」
それは、さかのぼること数日前。
携帯に綾乃からの着信が入った。
『聞いて!憧れてたバンドのリーダーから連絡があったの!
私をサポートメンバーにしてくれるって!』
電話の向こうの綾乃は興奮していて、今にも通話口から飛び出しそうな勢いで。
『まだアマチュアだけど、プロ並みにレベルの高いバンドよ。
ずっとアピールし続けて、やっと手に入れたチャンスなの、絶対モノにしてみせるんだから!
そして、お母さんを認めさせるの!』
バイオリニストの父と、ピアニストの母を持つ綾乃。
夫婦の出会いはオーケストラでの競演で、二人がこよなく愛しているのは、もちろんクラシック。
綾乃も小さいころからピアノの英才教育を受けていた。
でも、おばさまの好む音楽は、綾乃にとっては窮屈だったようで。
高校に上がったのを期に、自分らしい表現を求めて綾乃はキーボードに転身した。
それがおばさまの逆鱗に触れたらしく、以来母と子の仲は険悪になってしまったんだとか。
「綾乃の頑張りは、きっとおばさまにも伝わってると思うよ」
「そうだといいけど、あの人、頭が固いからな……
でも、クラシックだってなんだって同じ音楽だもん。分かり合えるって信じてる」
音楽の話をするとき、綾乃の目には強い光が宿る。
これが夢の力、夢みる人間の強さなのだと思う。