彼は、空気を変える。
呼吸するだけで観客を魅了して、その歌声で心を奪う。
圭吾さんの歌の世界の中で、みんな恋をしたり、夢をみたり、切なくなったり、闇に怯えたり、明日を見たりする。
曲によって移ろう七色の声に、一度包まれると、もう抜け出せない。
私は、また、圭吾さんの歌声を食べてしまった。
同じ歌でも、聖地のストリートミュージシャンのじゃ満たされない。
彼の声を知ってから、どんな声でも満足できない。
圭吾さんの歌声を、どうしようもなく欲しがってしまう。
この胸の中には、ずるい考えがはびこるようになっていた。
少しなら、平気。
まだ大丈夫のはず……
歌の途中、不意にステージ上の圭吾さんと目が合った。
照れることさえ忘れて、視線をつなぎ止めようと必死に見つめ返すと、彼が一瞬だけ笑ってくれた。