そのとき、ふと、部屋の隅が気になった。
一人静かにパイプ椅子に座って、ミネラルウォーターを飲んでいる男の人がいる。
少し長めの茶色い癖毛、広い肩幅、ペットボトルをつかむ長い指……
一目で分かった。
あの声の彼だ。
「他のバンドもいるけど、まずは『Sir.juke』のメンバーを紹介するね」
綾乃に手を引かれ、見つめている彼に少し近づいた。
でも、まだ遠い。
綾乃は、二人の男性の前で止まった。
トワさんと同じくらい背が高くて短髪の、聡明な瞳を持った、
「リーダーのショウさん」
アッシュグレーの髪を漫画みたいに立てている、人懐っこい笑顔の、
「ギターの雄樹くん」
ショウさんは素っ気ないけれど、雄樹さんは「今日は来てくれてありがとね」と微笑んでくれた。
近くだと二人の顔立ちの良さがますますはっきりと分かる。
「で、あっちにいるのが私と同じでサポートとして参加してる、ドラムのヤマト」
離れたところで「ついでみたいに言うな!」と怒ってみせるヤマトさんに、笑いが起こった。
でも、この心は、部屋の隅の彼から離れない。
あの声を、もっと食べたい。
満腹になったはずなのに、体は彼の歌を求める。
「そして、最後……」
綾乃が向かったのは、待ち望んだ彼の目の前。
「『Sir.juke』のボーカル、圭吾くん」
「……はじめまして」
私は、おそるおそる声を出した。
そうすれば、彼は返事をしてくれる、またあの声を聴けると期待したから。
でも、彼は何も言わなかった。
何も言わずに、私を見つめた。
その瞳は、深く澄んでいる。
吸いこまれそう、と思った。
でも視線はすぐにほどかれて、彼は軽く会釈をし、それきり目を伏せてしまった。