壁に寄りかかり、まっすぐにステージを見据えたままの彼から、突然。
「綾乃のいとこ?」
思いがけない質問が飛び出してきた。
私はすかさず、気づかれないように声を舐め、彼を探ってみる。
恐そうな外見とは裏腹に、攻撃的な部分がまるでない、穏やかな味。
どうやら綾乃の知り合いのようだし、安心してもいいみたい。
「……はい」
少し遅れた返事にこの緊張を読み取ったらしく、その男性は笑みを浮かべて言った。
「綺麗な髪だね」
「そんなこと、ないです」
それが彼の気遣いだと分かってはいたけれど、恥ずかしくて素っ気ない返事しかできなかった。
それから少しの沈黙があって。
「『Sir.juke』は、初めてなんだって?」
「さーじ……?」
「さー、じゅーく。綾乃の参加してるバンドだよ。
知らなかった?アマチュアにしては結構名の知れてる奴らなんだけど」
「すみません……」
「謝ることないって。
逆に何も知らないほうがいい。
あいつらの音楽を初めて体験したときの衝激は、一生忘れられないから」
彼の横顔は、誇らしげな笑みをたたえている。
人にこれほどまで言わしめる音楽とは、どんなものなのだろう。
張りつめていた胸がほのかな期待に緩んだ、そのとき。
「始まるよ」
彼の言葉を合図にしたかのように、ステージに照明が灯った。