顔見せと挨拶を済ませると、もう日が暮れていた。
何せ広い敷地だから、一回りするだけで大変な時間がかかってしまうのだ。
「疲れたでしょう、もう今日は休んでください。
明日からは働いて、学んで、と忙しくなりますからね」
下宿の前まで送ってくれたおじさまは、別れ際に声を落として私に尋ねてきた。
「沙妃さん、少し元気がないようですが大丈夫ですか?
せわしく歩き回ってしまったので、うまく食事ができなかったのではないですか?」
おじさまは、私の体質のことを知っている。
「大丈夫です。
初日でとても緊張していたので、そのせいで表情も硬くなってしまったのだと思います。
早く慣れて、お仕事も勉強も頑張ります」
笑顔を作ってみせると、おじさまは胸をなで下ろすように、ほっと息をついた。
「そうですか。
少しでも不自由があったら言ってくださいね。
こんなおじさんの声でいいのなら、いくらでも食べてもらって構いませんから」
「ありがとうございます」
その気持ちが嬉しくて、お言葉に甘えて少しだけいただいて、優しさを噛み締めながら、おじさまの後ろ姿を見送った。