幸いにも、落下による怪我はごく軽い打撲だけだったようで、意識もすぐに戻った。
でも店長は、私を事務所のソファで休ませ、落ち着いたら帰るように言った。
「そんな!
もう大丈夫です、まだ今日の分の仕事も残ってるし……」
「でも、頭を打った可能性もある。
今日は安静にして、明日病院で診てもらったほうがいい」
店長が心から案じてくれていることは、優しい声色からして明らか。
それを無下にすることなどできない。
私は店長に何度も頭を下げて、店を後にした。
街灯の多い道を選びながら、とぼとぼと歩きつつ、私は不甲斐ない自分につくづく嫌悪していた。
頑張ろうと決意したのに、やっぱり私は誰かに迷惑をかけてしまう。
そして、そうやって落ちこんでいる片隅で、底知れぬ不安にもさいなまれていた。
この前といい、今日といい、あの現象は何なのだろう。
私は、ただ事ではない『何か』を予感していた。
でも、それと正面から向かい合うことはしたくなかった。
だって私はすでにいろんなものと向き合っていて、他が入りこむ余地なんてないのだから。
私は自分に言い聞かせた。
不安なんて、弱い心が生み出すんだ、と。
前へ進んでいくことに尻ごみしている弱さが、ささいな体調の変化さえも脅威のように見せているだけ。
そんなもの、気にしなければどうってことない。
それを証明するためにも、明日病院へ行って川崎先生に診てもらうことにしよう。
打った場所も奇妙な症状もたいしたことはなくて、川崎先生はきっといつもみたいに呆れたように笑ってくれるはずだから。……