私は、パパの声を食べて育った。
パパの声は、その人柄のままに優しくてあたたかくて。
私の体はパパの愛情でできたと言っても過言ではないほどだ。
愛情をたらふく食べていた幼い頃の私は、今の姿からは想像もつかないほど健康的でふっくらとしていた。
私は、パパの声が世界で一番好きだった。
でも、あれは私が十歳のとき。
パパの体に異変が起きた。
喉の奥からしぼり出すような咳が止まらなくなったのだ。
「大丈夫?」
尋ねる度にパパは、
「大丈夫だよ」
と笑った。
私は安心して、そのかすれた声すら食べ続けた。
そして、あの日。
私はいつものように、声をねだると。
パパは、微笑みながら言った。
「沙妃。大好きだよ」
それは今までで一番幸せな味がして、嬉しくて、私はパパに抱きつこうとした。
でも、突然、パパは激しく咳きこんだ。
驚いた私は、喉を押さえてうずくまるパパを前に動けなくなった。
異変に気づいたママが駆けつけて、救急車を呼ぼうとしたけれど、それは大きな手で制止された。
大丈夫だ。
確かにパパの口はそう動いた。
けれど、大好きだった声がこの耳に届くことは、なかった。