思いがけない名前に、胸がきしんだ。
毎日毎日、忘れよう、忘れなきゃ、と言い聞かせて、結局少しも忘れられていない名前。
でも、今は、振りでもいいから忘れたことにしなきゃいけない。
「ああ、圭吾さんのこと?
それなら心配しないで。
もう大丈夫だから」
精一杯あっけらかんを装って笑ったのに、綾乃の表情は険しさを増した。
「……何それ」
どうやら一筋縄では、いかないみたいだ。
「……だって、私は彼の傍にはいられないよ。
一緒にいれば、遅かれ早かれ、いつかは声を奪ってしまうもの……パパみたいに」
「それは理由にならないよ」
いつだって、そう。
綾乃は優しいから、世界が私の都合のいいように動いてくれると信じている。
でも、現実はそんなに優しくない。
私は、言わないでおこうと思っていた台詞を、ついに口にした。
「綾乃。もし手を切り落とされたら、どうする?」
今までの威勢が、みるみるしおれていくのが手に取るように伝わってくる。
「なに……それ……」
「キーボードを弾けなくなる。
今までできていたいろんなことを手放すことになる」
「……そんな……」