しばしの穏やかな気候に気を休めていたら、北風は何の前触れもなく冬を連れてきた。
まだ先のことだと思っていたのに、そろそろクローゼットの奥からコートを引っ張り出さなきゃいけない。
私はカーディガンの余った袖に手をすっぽり隠して、少しくすんだ青色の空を見上げていた。
「いやー、しかし、沙妃がバイトを始めるなんてねー」
おにぎりを片手に、綾乃は感慨深そうに言う。
今は昼休み。
寒いのに、自然に触れたいから、という綾乃の要望によって、今日のランチタイムは中庭ですごしている。
私は、もちろん何も食べていないのだけれど。
「調子はどうなの。
いじめられたりしてない?」
「大丈夫だよ。
お店の人達は、みんな優しくて、仕事も親切に教えてくれるし」
「ふうん。それならいいけど」
私は、雑貨屋でバイトを始めた。
時給はそんなに高くないけど、食べ物に関係がない仕事だから気が楽だし、なによりお店の雰囲気をとても気に入っている。
始めはやっぱり緊張したけど、だんだん人と接することの楽しさが分かってきた。
まだ失敗も多いけど、辞めたいなんて、これっぽっちも思わないくらい楽しい。
「沙妃、変わったね」
それを、私はほめ言葉と受け取ろうとしたのに。
視線の先にあるのは、なぜかちょっとふてくされてる顔だった。