「ちょっと、昨日から風邪気味なんだ」
「風邪……?」
「そう。デビューに向けて動き出そうってときなのに、プロ意識が足りないよな」
圭吾さんは、苦笑いでそう言う。
でも、あのときパパもそう言っていた。
風邪だからって。
すぐ良くなるからって。
「ほんとに風邪ですか……?
大丈夫なんですか……?」
「心配することないよ。
季節の変わり目で気が緩んだだけだって。
次のライブまでには治すよ」
「……ごめんなさい……」
「どうして沙妃ちゃんが謝んの?」
「だって……」
うつむく私の頭を、大きな手が優しくなでる。
涙で視界がにじんでいく。
「そんなに心配してくれて、ありがとう」
違うよ。
私は圭吾さんが思ってるような子じゃない。
私は、あなたの声を食べてるんだよ。
『もし歌えなくなったら、どうする?』
聞くまでもない。
圭吾さんから歌がなくなることなんて、ありえない。
私と歌を天秤にかけるのは、これ以上ない愚かなことだ。