久しぶりに味わう彼の声。
愛しい香りが広がった、その瞬間。
圭吾さんが、咳をした。
「えっ……」
フラッシュバックのように、悪夢の映像がよみがえる。
爪先が冷たくなっていく。
そんなはずはない。
思い出したくはないけれど、パパの声を食い尽くすのには、何年もかかった。
それと比べたら、圭吾さんとのつき合いはまだ浅い。
食い尽くすには、まだ早すぎる。
それとも、私が信じられないほどのスピードで食い荒らしてしまったのだろうか。
否定はできない。
どうしよう。
どうしよう……!
「あの、沙妃ちゃん?」
たった咳一つに対する私の反応に、圭吾さんは面食らっていた。
そう、たった咳一つ。
でも私を絶望に突き落とすには、充分。