ベッドにちょこんと座った綾乃は、泣き腫らした真っ赤な目で私を迎えてくれた。
「……いらっしゃい」
「う、うん……調子はどう?」
「もう、大丈夫」
「そう……」
とても大丈夫そうには見えないけれど。
綾乃は何も言わない。
私は部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルの前に座ってみた。
沈黙が続く。
そこへ、おばさまがCDプレーヤーを持ってやってきた。
「とても素敵なテノール歌手のCDを見つけたの。
よかったら召し上がれ」
「ありがとうございます」
私に微笑みを振りまいたその顔は、綾乃の方へ向いたとたんに鋭くとがった。
「まあ、ちょっと見ないうちにひどい顔ね」
とげのある物言いに、綾乃はふてくされてうつむく。
母と娘の間に、亀裂が走っているのが見える。
私は肩をすくめ、目前で繰り広げられる無言の争いに怯えた。
その壮絶な戦いに終止符を打ったのは、おばさまだった。
「何があったかは知らないけど、あれだけ息巻いておきながら、このザマなの?
あんたの言ってた音楽への情熱って、この程度のものだったのね」
おばさまは、そう吐き捨てて部屋を出て行った。
いくらなんでも言いすぎだと思った。
綾乃は心からキーボードが好きで、音楽が好きで、頑張ってたのに。
でも、綾乃はおばさまを睨むことも、悔し涙を浮かべることもしていなかった。