バッグの中で振動する携帯に気がついたのは、電車に乗る直前のことだった。
ディスプレイを見ると、綾乃。
ライブが終わったばかりのこのタイミングで電話だなんて。
無視できなかった私は、ホームに入ってきた電車を見送る覚悟で、通話ボタンを押した。
「もしもし」
『沙妃……あたしっ……!』
携帯の向こうで震える声。
気づけば私は全速力で、もと来た道を駆けていた。
どうして?
さっきまで、ステージで楽しそうにキーボードを弾いていたのに。
あの声は、間違いなく、泣いていた。
息を切らして、ライブハウスへと戻ってきた。
表の入り口はもう締め切られている。
まだ周囲をうろついているファンの目をかいくぐり、私は裏口へと向かった。
そこで私は、うずくまっている綾乃の小さく丸まった背中を見つけた。
「綾乃、どうしたの?」
驚いて駆け寄る。
顔を上げた綾乃の頬には、引っ切りなしにあふれてくる大粒の涙で川ができていた。
そして、なかば嗚咽のような声が言った。
「あたし……サポートを、解雇、された……!」