透んだ空気に、降りそそぐ静けさ。
道路を走る車はほとんどなくて、舗道にも人の姿はない。
昼間の暑さやせわしなさが悪い夢のよう。
いつもと表情の違う景色に、いつもだったら安らげたかもしれない。
でも実際は景色なんて気にしていられないほど鼓動を走らせ、駅前に立っている私。
ついに、この日がやってきた。
いよいよ、これから海の家へ。
目的地は遠くて、移動手段の乏しい私は困り果てていたのだけれど、そんなとき綾乃を通じてトワさんから連絡が入った。
『よかったら俺の車で送ってってあげるよ。
ただし俺と二人きりで、出発はかなり早い時間になるけどね』
どうせ長い時間がかかるなら、一人でいくつもの電車を乗り継いで行くより、トワさんと一緒の方が安心できるし、絶対に楽しい。
その誘いは本当にありがたかった。
ただ、『Sir.juke』のリーダー……ショウさんは、このことを快く思ってないみたいで。
『ショウが何かとやかく言うかもしれないけど、気にしなくていいからね』
トワさんはそう言ってくれたけれど、ショウさんが嫌がるのはもっともだと思う。
まったくの他人ではないにしても、音楽と関係のない私がバンドに深入りしていいわけがない。
どんなに関わりたくたって関われない子もいるんだし。……
でも、トワさんが是非、と言ってくれたから、今回は素直にご好意に甘えることにした。
特別な恩恵を受けるのはこれで最後、と決めて。