「そろそろ、戻るよ。
……今日は、情けないところ見せて、ごめん」
「いえ、いろいろお話してくれて、嬉しかったです」
「それなら、よかった」
微笑み合った瞬間、淡い想いが咲くのが見えて、互いの距離が縮まったのを感じた。
店を出ると、『聖地』の前でさよなら。
でも圭吾さんが駅へ向かおうとするから、私は思わず引き止めてしまった。
「スタジオに戻るんじゃないんですか?」
「ああ、今日は……いつもとは別の場所でやってて……」
そして少し間を置いて。
「……このことは、誰にも言わないでもらえるかな」
圭吾さんは、後ろめたそうに頭をかいた。
「……誰にも?」
「そう」
変だな、と思ったけれど。
「秘密だから、今日……沙妃ちゃんを呼んだんだ」
語尾の消え入りそうなその言葉を残さず拾い上げれば、違和感は遠い入道雲の彼方へ飛んで行った。
圭吾さんが、頼ってくれた。
誰にも言えない秘密を明かしてくれた。
クラクラするのは、まとわりつくような暑さのせいじゃない。
秘密の甘さに酔いしれた私は、彼を受け入れることしかできなかった。