「……実は?」


食い入るように言葉の続きを待っていると。




「今日。

練習、抜け出してきたんだ」




圭吾さんは、いたずらがバレた子供みたいに、弱って、眉を下げて笑った。


そんな彼の表情は、初めて。


きっと今までで一番人間臭くて、一番気を許してる顔だ。




「なんだか、自分の姿勢が間違ってるんじゃないかって、思ったんだ」


圭吾さんは、抑えた声で話す。


「とにかく歌を伝えることが、すべてだと思ってた。

今までは、それが当たり前で、他があるなんて考えもしなかった。

でも突然、別の考えを突きつけられて……

自分の土台が揺らいだ気がしたんだ。

そしたら、どうしても歌えなくなった。

俺、歌うのが好きで、歌うことしか頭に無かったのに。

信じられないけど、歌いたくないって……思ってしまったんだ」




表情は変わらないけれど、声の味で分かる。


それが圭吾さんにとって、どれほど苦しいことなのか。


つらいことなのか。




「でも」




顔を上げた圭吾さんの瞳には、いつもの光が戻っていた。