そして下に降りると帽子屋のユウ、白ウサギのリーナ、チェシャ猫がいた。

…………チェシャ…猫………?

アレ?と思った桜に、ユウはにっこりと笑う。
それによってリーナもチェシャ猫も桜に気が付く。


「アリス!大丈夫か?」
「アリスさん!」


二人とも桜を心配そうに見つめ、近付いてきた。


「もうだいたい大丈夫だ。
ありがとう、帽子……ユウ。」


ユウは一瞬驚いたような顔をしたが、またにっこり笑った。


「まだ本調子出ないなら無理しないでくださいね。
…リーナ。」


「なんですか?」


「彼に服を作るので、布を買ってきてくれませんか?
まだお店はやっているはずですよ。
でも外が暗いので、チェシャ猫もお願いします。」


「わかりました!
チェシャ猫さん!行きましょう!」


「お、おお。」


ユウはヒモの付いたお財布をリーナの首にかけると、リーナは張り切った様子でチェシャ猫を引っ張るようにして出ていった。
二人の足音を聞き、遠退いたのを確認すると、ユウは桜に向かい側の椅子に座るよう促した。


「さて、桜くん。
君は何が聞きたいんだい?」


ユウは相変わらずにっこり笑っている。
しかし、その瞳の奥。
ギラギラ光っているような、何か猛獣のようなものを感じる。
怖い。
本能がそう言っている。
この人には、変な誤魔化しや小細工は通用しない。


「その通りですよ。」


また、心を読まれた。
桜は一度深呼吸をすると、昨晩書いた紙を出した。


「最初に聞きたかった名前のことはさっきリィラに聞いた。
でもまだ半分だ。
だから残り半分、どうしてみんな名前を言うときに桜の花を見せるんだ?」


「先程リィラと話していたのはそれでしたか。
桜について、それは直接見た方が早いかもしれませんね。
こちらへどうぞ。」


桜がユウに付いていくと、入ってきたドアとは反対側のドアから外に出た。
そこにはすぐに庭が広がっていた。
向こう側からは気付かなかったが、点々とであるが家も見える。
そして、遠くに大きな城が見えた。


「城が…あるんだ……。」


「……この国は、王政国家ですからね……。」


ユウは言葉を濁すように答えた。
何か事情があるのかもしれないから、聞かない方がいいかもしれない。


「この国のことは後で説明しますね。
それより桜くん、見て欲しがったのはこれですよ。」


「わぁ……!」


庭の家よりの一角に、一本、桜の木が立っていた。
それは桜の身長を当に越えていて、これでもかと花を付けている。
幹はあまり太くない、しかし、美しい佇まいだった。


「すごく綺麗だ…。
見せてくれた花はこれか?」


「ええ。」


桜はふーんと言いながら花を眺める。
確かに、この桜の花は道にあったものよりも綺麗なように感じる。
しかしそれとはどんな関係があるのだろうか。


「桜くん、この桜の木はね、『ユウ』と言うんです。」


「ユウ?
ユウってこの木のことなのか?
お前の本名はユウじゃないのか?」


「いいえ。
僕の名前はユウですよ。」


「?
じゃあ木に同じ名前を付けたのか?」


「いいえ。」


「じゃあどうゆうこと?
この桜の木からユウって名前取ったのか?」


「少し近いですね。
あのね、桜くん。

私達は君なんです。」


ユウは桜の木を、とんとんと軽く叩くように撫でる。






「本当の僕はこの桜の木。
この体は入れ物に過ぎないんですよ。」






本当のユウは桜の木…?
この体は入れ物……?


「理解し難いかも知れませんが、そうなんです。
そしてこの桜の木の下に、本当の核……言うなれば心臓部。
それが埋まっています。
その事を『死体が埋っている』そう表現するんです。」


「死体……。」


―――『あるよ、死体。』―――

桜はあのときのリーナの言葉を思い出す。
なるほど、あれはこういうことだったのか、と。


「僕だけではありません。
あれが、リーナです。」


ユウが指を指す先も桜があった。
しかしユウのように木が一本あるのではない。
切り株と、隣に小さな木があった。


「どうして切りか…ん!?」


突然桜はユウに口を押さえられ、言葉を遮られた。
ユウはにっこり笑った。
しかしそれは表面だけで、その奥には何か冷たくて鋭いようなものを感じた。


「冷えてきましたね。
もう家に入りましょうか?」


桜はこくりと頷き、家の中に入った。


「ココアとコーヒー、どちらがいいですか?」


「コ、ココアで…。」


ユウは指をスッ…――と動かす。
するとと、カップやスプーンが勝手に動き出した。


「!?」


桜が驚きでポカンとしているうちに、桜の前にはココアがやって来た。


「どうぞ。」


クスクスとユウは笑いながら促す。


「いただきます…。」


ズズズ……とココアを飲む。
至って普通のココアだ。



「……昨日リーナもココア入れてくれたんだけど、ユウみたいにはやってなかった……。」


「まあ、そうでしょうね。
あの子にこの手の魔法は使えませんから。」


「魔法?」


「はい。
でもほとんどの者は使えません。」


「ふぅん。」


桜はココアを飲みながらチラチラとユウを見て気にする。
しかしその真意は既にユウに気付かれている。


「桜くん。
いいんですよ、聞いたって。
先程説明すると言ったのは僕なんですから。」


桜はココアを飲み干すと、マグカップをコトンとテーブルに置いた。






「ユウ、教えてくれ。
この国のこと、リーナの木のことを。」






「かしこまりました。
それでは先ず、リーンのことをお話ししましょう。」