作業を始めたばかりのときの静けさとは違い、今のこの空気は、すごく居心地が悪い。
 何か話題は…
 そう思いながら、なんとか口を開こうとしたとき。
「…島崎さんは」
 先に口を開いたのは、西野くんだった。
「え?」
「好きな人とか、いるんですか」
 …どうして、いきなり…?
 そんなことを聞くわけにもいかず、あたしは黙っていた。
 さっきまでは、あんなに逃げ出したいほどの沈黙だったのに、今のあたしは自分から黙りこんでいる。
 矛盾してるなぁ、なんて考えながら、それでも黙っているあたしに、西野くんは、ついに筆を置いて、同じ問いを繰り返す。
「好きな人、いるんですか?」
 あたしは、もう逃げられない。
「え……うん、いるよ」
 答えたあたしは、無意識のうちに、
「…西野くんは?」
 そう聞いていた。
「ぼくですか?…いますよ」
 さらりと答えた西野くん。
 あたしは唇をかみしめた。
 好きな人の一人や二人、いたって別に不思議はない。
 だけど目の前で、こう本人に断言されると、やっぱり辛かった。
 そんなあたしの方は見ずに、西野くんはもう一度筆を手に取り、その手を動かす。
「その人を想って絵を描くと、大抵良い作品ができるんですよ」
 そう言って、西野くんはカタリと筆を置き、あたしの方を見た。
「ほら。…できました」