しばらく、筆と紙のこすれる音だけが、静かな教室に響いていた。
…そのとき、ガラッと大きな音がして、美術室のドアが開いた。
あたしたちがびくっとして振り向くと、美術部の後輩が立っていて。
「失礼しま~す…あれ、西野先輩。 …もしかして、美術室デートですか? 先輩もやりますね~」
「いやっ…」
焦るあたしとは対照的に、西野くんは落ち着いている。
「違いますよ。 それより、どうしたんですか? 今日は部活ありませんよ」
冷静な対応に、後輩も意をそがれた様子。
「今、体育館で、明日の作品展の準備をしてるんです。 先生にマスキングテープを取って来いって言われたから来たんですけど…マスキングテープってどこにありましたっけ」
悪びれもせずそう聞く後輩の言葉が終わらないうちに、西野くんは立ち上がって、美術室の奥にある棚をゴソゴソと探りはじめた。
「…はい、ありましたよ」
そう言いながらマスキングテープを差し出す西野くんは、なんとなく、どこか不機嫌そう。
「ありがとうございます! さすが先輩、美術室のことなら何でもすぐ分かっちゃうんですね」
後輩の褒め言葉にも、
「どうも。 では、作業の続きをどうぞ」
一切動じず、そっけなくかわす。
なんだか、後輩を追い払っているようにも見える。
「…失礼しました」
意味ありげな目をして後輩が出ていくと、西野くんはほっとひと息ついた。
…何とも言えない沈黙。
それに耐えきれなくなったあたしは、
「なんか…あの子、あたしたちのこと、勘違いしてるみたいだよね…」
そう言ってみた。
「…そうですね」
西野くんは、やっぱりそっけなくそう答えたあと、ふっと寂しいような、悔しいような…そんな顔をして、何かボソッと呟いた。
「え…?」
あたしは、慌てて聞き返した。
その呟きが、――「迷惑ですか」、そう聞こえた気がして。
…だけど西野くんは、
「いえ、何でもないです。 …作業に、戻りましょうか」
そう言って、さっさと作品作りに没頭しはじめた。
あたしも、仕方なくそれに倣った。