「さて。
今日の練習はこの辺りにしましょうか?」
私の声に、
彼は黙って楽譜を閉じる。
「唯ちゃん、
今から音楽室に移動してもいい?
学校のコンクールの方の
編曲が完成したんだ。
クラスでやる器楽奏用」
「あらっ。
もう完成させてくれたの?」
「まだ楽譜は起こしてないよ。
俺のここに入ってるんだけどね」
そう言って、
彼は自分の頭を指差す。
「そうね。
次の生徒が
ピアノレッスン室は使うものね。
音楽室、行きましょうか」
私は、そう答えると
宮向井君と共に
音楽室の方へと移動した。
先程まで、
三時間も演奏続けた彼は
音楽室に到着すると、
すぐにピアノの蓋を開いて、
器楽奏用のAnsyalの
天の調べを演奏していく。
一人で、
ピアノで各楽器パートを合わせながら
独奏していく天の調べは、
Ansyallの
それとはまったく違った形で
先程のパガニ-ニではないけれど、
天の調べを主題として、
変奏を繰り返していく
美しい構成になってた。
あの日、
我が家のピアノで弾き合った
それもセッションのアレンジも
織り込まれて。
Ansyalの主題特有の
柔らかさは、
際立ちながらも、
やがてさまざまな、
葛藤が紡ぎだされていく。
演奏し終えた彼は、
私の方をじっと見つめる。
「凄いわね。
まさか、天の調べが
こんな風に
変奏されていくなんて
想像もしなかったわ」
拍手と共に感想を述べると、
彼はにっこり微笑んで、
私にピースした。
こうやってる部分は、
高校生なんだなーって
普段は大人びてる彼も思える。