駐車場のほうから、Bを呼ぶ声がした。



「手紙、書くね」

「素敵」



嬉しそうに微笑んで、女主人はもう一度、Bをじっと抱きしめる。

ありがと、とその耳元にささやいて、宿を出た。



キン、と音がしそうなくらい冷えた空気が、顔を打った。

青い空は澄みきって、溶けた雪がどさりと地面に落ちる音が、あちこちでしている。


春が近いことが、Bにもわかった。

この空の下のどこかで、あの山の上の街にも、季節の変わり目が訪れているだろうか。


誰も見あげていなくても、空はいつだって頭上にあり、あらゆる場所と繋がっている。

これまでだって、これからだって。


軽くなったポケットは、心もとなかった。

これで判定に影響が出るとも思えないけれど、もしかしたら自分は、あの日から少しは変わった自分を見せたかったのかもしれない。

だから捨てたのかもしれない。


都合のいい自分。

いつだって、自分のことで手一杯で、周りを利用するだけして傷つけてきた。



会いに行くよ。

それが正しいのか、そもそも向こうも望んでいることなのか、わからないままだけど。


でも、会いに行くよ。



荷物、それだけかよ、と仲間が笑った。

うん、これだけ、と一緒に笑った。



「たまに弾いてたギター、お前のじゃないの?」

「あれ、宿のやつ」



そっか、とうなずいて、助手席のドアを開けてくれる。

温めておいてくれたらしい車内に、次々乗りこむブーツの音が響いた。



来た時よりも、少し軽くなって。

自分は帰る。





穏やかな休息と、澱んだ泥流の記憶が共存する。



あの場所へ。









Fin.