「カンだけど、リュウってウソつけないタイプっていうか……わかりやすい奴でしょ?」
「確かに、すぐ顔に出ますけど」
「でしょ⁉浮気なんかしてたら、すぐ態度に出るって」
「……でも」
口ごもるあたしに、ユメさんは小首を傾げた。
太一の場合はそうだったけど、リュウの場合はどうだろう。
バレないようにうまく隠すんじゃないかな。
そういうこと、上手そうだもん。
「あたしがなに言っても、妃芽ちゃんは不安だよね?かと言ってリュウに聞くのも勇気がいるし。あたしだったら、真っ先に問いつめるけどな〜」
穏やかな口調はヒロさんそっくり。
「ほらあたし、黙っとけないタイプだし?なんでもズバズバ言っちゃうから、たまに喧嘩になることもあるんだけどね」
陽気に苦笑いをして、ユメさんは結翔くんの頭を優しく撫でた。
あたしにもユメさんみたいにそんな勇気があったらな。
聞けたら楽だけど、その結果関係が終わってしまうのを嫌でも考えちゃう。
考えても答えが見つかるはずもなく。
でもユメさんは、そんなあたしにずっと笑いかけてくれていた。
落ち込んでるのを知って、わざと明るく振る舞ってくれてるんだよね。
それで安心出来ることを、ユメさんはきっとわかってるんだ。
実際ユメさんに話したことで、少しだけ心が軽くなった。
怒って出て行ったはずのリュウは、次の日帰って来るといつものリュウに戻っていた。
そんなリュウを見て問い詰めることも出来ずに、モヤモヤした気持ちだけがどんどん広がっていく。
最近リュウとの間に溝があるように感じるのは、多分気のせいなんかじゃない。
どうしたらいいのかわからないよ。
まだ怒ってくれていたら、謝るタイミングとか聞き出すタイミングがあったかもしれないのに。
完全にタイミングを逃してしまった。
こんなんじゃダメだってわかってるのに、なにも出来ないまま時間だけが過ぎて行く。
あれから3日。
今日はリュウのお店が休みの日で、あたし達は珍しく朝から出掛けていた。
「どこ行くの?」
運転席に座るリュウの横顔をちらっと見つめる。
まだ真新しい新車の匂いと革の匂いが入り混じり、ほのかにリュウの香水の香りまで漂って来た。
革張りのシートは座り心地も最高で、あまり車に詳しくないあたしでも、それだけで高級車だってことがわかる。
「着いてからのお楽しみ」
前を向いたまま、リュウは口元を綻ばせた。
そんな横顔を見て、胸がキューッと締め付けられる。
好きだよ、リュウ。
リュウはどう思ってる?
最近まともに話していないからかな。
リュウの愛情表現が減った気がする。
前はもっとベタベタしてくれたのに。
洋楽が流れる車内に会話はない。
アップテンポでハスキーな声だけが、そこに響いていた。
どこに向かってるんだろう。
せっかく一緒にいるのに、心は遠いところにいるみたい。
助手席側の窓から外に目をやる。
景色が次々と移り変わり、ぼんやりそれを眺めていた。
リュウの顔を見ていると泣いてしまいそうだったから。
「腹減った?」
「大丈夫だよ」
「トイレは?」
「平気」
高速に乗ってから、こんな会話ばっかり。
静か過ぎるエンジン音が、この場の空気をやけに重たくさせる。
車に揺られて2時間近くが経ったけど、一向に目的地へ着く気配が見えない。
さっきからリュウも真剣な面持ちを崩さないし。
「ここら辺で昼飯にするか」
大きなサービスエリアの空いていた駐車スペースに車を滑り込ませた後、リュウが腕時計を確認しながら言った。
もうそんな時間なんだ。
そういえば、ちょっとお腹空いて来たかも。
平日だから割と人は少なくて、そんなに混雑していなかった。
「いい加減教えてよ、どこ行くの?」
レストランに入って一息ついた後、メニューに目をやっていたリュウが顔を上げた。
だって、やっぱり気になるもん。
「言っただろ?お楽しみだって。ま、妃芽にとったらそうじゃないかもしんねぇけど」
寂しそうに笑うリュウがやけに印象的で。
「着いたら、話があるから」
神妙な面持ちで言うリュウに、それ以上聞くことが出来なかった。
話ってなんなんだろう。
もしかして悪い話?
別れ話とか?
そればかりが気になってご飯が喉を通らない。
結局、半分以上残してしまった。
「あっちぃ。車ん中、蒸し風呂だな」
外へ出たところで、太陽の光が容赦無く肌を照り付ける。
カンカン照りの空がなんだか憎らしい。
「なんか飲み物買ってくか」
耳でリュウの声を聞きながら、目は遠くを見つめていた。
頭の中は、いつかリュウと一緒にいた女の人のことでいっぱいだった。
あの人のこと、好きになっちゃった?
「妃芽?どれにすんだよ?」
「え⁉」
肩を叩かれハッとする。
やばい、トリップしてた。
「あ、えっと、じゃあ緑茶で」
ピッ
ゴトッ
「ほら」
お茶を取り出してあたしに渡すと、リュウは次にミネラルウォーターのボタンを押した。
「戻るか」
繋がれない手がいつも以上に寂しくて、チクリと胸が痛んだ。
なんだかもう、全部がやだ。
太陽の光がジリジリと髪を熱くして行く中で、あたしは立ち止まった。
リュウはそれに気付かないで、どんどん先を歩いて行く。
やだ、行かないで。
リュウ……。
あたしに気付いてよ。
リュウの背中を見ていると、今までしまい込んで来たものが全部溢れ出してしまいそうだった。
やだ、こんなところで泣きたくなんかないのに。
必死に止めようとしてみても、それとは裏腹にどんどん目頭が熱くなって行く。
やだ。
やだ。
今まで我慢して来たのに、こんなところで泣きたくない。
「妃芽っ、お前なにやってんだよ?んなとこで立ち止まったら危ねえだろ?」
俯いたまま顔を上げることが出来ない。
少しでも動くと、涙が流れ落ちてしまいそうだった。
リュウの影を見つめながら、必死に涙を呑み込む。
「とりあえず、車戻るぞ」
腕が伸びて来るのが、影の動きを見ていてわかった。
「いやっ、触らないで‼」
とっさに一歩後ずさる。
こんな気持ちのまま、あの車内の空気に耐えられる自信がない。
醜い感情が溢れ出して、ひどいことを言ってしまいそうだった。
今度突き放されたら、それこそ立ち直れない。
これ以上、傷付きたくなかった。