《続》俺様ホストに愛されて



突き放すようなことを言ってしまったことを、あたしはすぐに後悔した。



「待ってよ」



歩いているリュウの腕に無意識に手を伸ばす。



「リュウ……」



指先がリュウの腕に触れると、リュウは反射的に腕をピクッと反応させた。



「怒ってるんでしょ?」



渋々足を止めたリュウの顔を見上げて、恐る恐る問い掛ける。



「怒ってねぇって言ってるだろ?」



あたしの目を見ずに、感情のない声を出したリュウ。



嘘つき。


怒ってるってバレバレだよ?


どうして、そんなウソをつくの?




「さっきはあんな言い方してごめ──」



「悪い」



そこまで言い掛けた時、あたしの声はリュウによって遮られた。



そしてあたしの手をためらうことなく振り払い、ジーンズのポケットに手を伸ばす。



どうやらポケットの中でスマフォが振動したらしい。



「はい」



目を細めて画面を見つめた後、リュウは迷うことなく電話に出た。



電話から漏れ聞こえる女性の声に、鼓動がドクッと鳴る。



誰……?



振り払われた手が行き場をなくして、思わずその手をギュッと握り締める。



電話の相手も気になった。



だけどそれ以上に、腕を振り払われたことの方がショックだった。



こんな風に拒絶されたのは初めてで、胸が痛いくらいに締め付けられた。



リュウはクールに笑いながら、電話の相手に優しい言葉を投げ掛けている。



あたしの方を少しも見ないで、楽しそうに冗談なんかも言ったりして。



相手は多分お客さん。



これだけかしこまって話すリュウは、ホストをしてる時だけだもん。



電話が鳴っても、今までならあたしがいる前で絶対に出たりしなかったのに今日は違う。



「……今からっすか⁉」



驚いたように声を上げた後、リュウはあたしに背を向けて少し離れた場所へと移動した。



聞かれたくない内容だから?


やましいことがあるの?


その人と、会うの……?




その場から動けなくなったあたしの頭には、ネガティブなことばかりが浮かぶ。



なんとも思わないって自分で言ったくせに気になって仕方ない。



それが営業なんだとしても、嫌なものは嫌だとはっきりこの時わかった。



強がらなきゃ良かった……


はっきり嫌だと言っていれば、リュウが電話に出ることはなかったかもしれないのに。



バカだ、あたし。



痛む胸を押さえながら、あたしはその場から駆け出した。




汗が流れ落ちるのを気にもしないで、あたしはただひたすら走った。



他の人と楽しそうに話すのを聞いていられるほど、あたしは大人じゃない。



楽しそうに話なんかしないでよ。


リュウのバカ!



「はぁはぁ……っ、く、苦し……」



真夏の全力疾走は思ったよりも長く続かなかった。



眩しいくらいの太陽の熱にやられたあたしは汗だくでヘトヘト。



運動不足の体にはかなりキツい。



それもこれも、全部リュウのせいなんだからね。



あたしがいる前で、電話になんて出ないでよ。



肩で息をしながら後ろを振り返ったけど、そこには誰もいなかった。



追いかけて来てもくれないなんて。


もしかしたら、電話に夢中であたしがいないことにも気付いてないのかも。




リュウの後ろ姿を思い出すと、胸が張り裂けそうになった。



ホストという職業柄、不安はいつでも付きまとう。



そんなあたしの気持ちをわかってくれてるのかはわからないけど、リュウはいつもあたしを安心させる言葉をくれてた。



それで満足してたけど、ちょっとのことですぐまた不安になってしまう。



それって、リュウのことを信用してないってことになるのかな。



きっと、違うよね?



好きだから、不安になる。



そう思いたい。



重いため息を吐き出した後、周りを見渡してみる。



あまりの暑さにクラクラした。




なにやってんだろ、あたし。



「はぁ……」



どうやら駅の近くまで走って来てしまっていたあたしは、近くにあったコンビニに入って涼むことにした。



自動ドアが開き、汗ばんだ肌を冷気が心地良く包み込む。



あまり大きくない駅だからか、お客さんはあたしの他にカップルしかいなかった。



とりあえず、喉渇いたから飲み物を買おう。



「あ」



奥にあるドリンクコーナーに進もうとしたところで、スマフォが鳴っていることに気付いた。



そこで思わず足を止める。



多分、リュウだろう。


勝手にいなくなったから、さらに怒ってるかも。


なんで逃げたりしちゃったんだろう。


リュウ……



しばらく画面を凝視する。



画面に映し出されたリュウの名前を見ただけで、胸が締め付けられてすごく苦しい。



早く出ろと言わんばかりに、着信が止むことはなかった。



心配、してるよね……?


まだ怒ってるかもしれない。


ううん、怒ってるのはあたしの方だ。


あたしがいる前で電話に出たリュウが悪いんだ。





電話に出るのが躊躇われる。



だけど、考えてても仕方ない。


このまま出なかったら、余計怒らせることにもなりかねないし。



覚悟を決めて通話ボタンを押した。




「妃芽?」



あたしが言葉を発するよりも早く、リュウの声が耳に届いた。



その声は焦っているようにも聞こえたけど、ホッとしているような安堵の色も伺える。



「どこいんだよ?」



「…………」



「黙ってたらわかんねぇだろ?」



電話の女の人と会うんじゃないの?



リュウの言葉を無視し、心の中には醜い嫉妬心ばかりが溢れる。



他の人と楽しそうに話なんかしないで。



「電話の人と会うの?」



そう口にした途端、胸の奥がキュッと疼いた。