「可愛いー」
目の前にいるのは、一ヶ月前に生まれたばかりのヒロさんとユメさんの赤ちゃん。
「ちっさいな」
あたしの横からベビーベッドを覗き込むリュウも穏やかな顔でそう言った。
まだ生まれたばかりだというのに、目鼻立ちが整っていてはっきりした顔をしている。
くっきり二重のまぶたに大きな瞳。
ちょこんと乗った小さな鼻と唇。
その全てが母性本能をくすぐる可愛さ。
やばい、本当可愛い。
目はヒロさん、鼻と唇はユメさん似だ。
お互いの良いとこだけを受け継いだって感じで、将来絶対イケメンになるだろうなっていうのがわかる。
生まれて一ヶ月でこの美貌。
う、羨ましすぎる。
名前はお互いから一文字ずつとって結翔(ゆうと)。
結愛(ゆめ)さんの結と、大翔(ひろと)さんの翔。
名前まで上品な気がするのは気のせい?
「妃芽ちゃんも欲しくなった?」
にっこり笑うユメさんは、息子である結翔くんに向けていた目をちらりとあたしに向けてこそっと耳打ちした。
幸せそうなユメさんは子どもを愛する母親の顔で、見ているこっちまでもが幸せな気分になれる。
「欲しいですけど……」
まだ結婚もしてないあたしには気の遠くなるような話。
「今はまだいいかなって」
「まだ若いもんね〜!もう3、4年くらいしたら結婚を意識し出すようになるよ」
結婚、か。
するとしたら、リュウ以外とは考えられないけど。
今の状態でも十分幸せ。
今は色んな思い出を作って、絆を深めていけたらいいかなって思ってる。
結婚って言葉にまだまだピンと来なくて、ただ単に憧れてるだけのお子ちゃまなあたし。
リュウは考えてたりするのかな?
あたしとしたいと思ってくれてる?
ちょっとだけ気になってみたり。
そんな話は普段しないから、リュウがどう考えてるのかはわからない。
リュウの家庭環境が複雑だということもあって、なんとなくそういう話題を避けていた。
結婚に対していいイメージを抱いていないんじゃないかなって、どうしても思っちゃう。
「なんだよ?人の顔ボーッと見つめて」
「え……?あ、いや……っ、なんでもない」
結翔くんを見ていると思っていたリュウが、いつの間にかあたしの顔を覗き込んでいた。
身振り手振りで慌てて否定するあたしに、リュウはフッと笑いながらからかう。
「そんなに俺のことが好きなのかよ?」
うぅ
「ち、ちがっ」
そう言いかけると、たちまちリュウの眉間にシワが寄った。
そう。
それは、不機嫌になりかけの合図。
だけどこんなに人がいる場所で、はっきり好きだとか言えないって。
恥ずかしいもん。
今いるのはヒロさんの自宅マンション。
ここにいるのはヒロさんやユメさん以外に、ノボル君、イッキさん、蓮夜さん、他にもACQUAのホストさん数人。
みんな『Rose Pink』の常連さんで、ヒロさんとも仲が良いみたい。
出産後のユメさんと結翔くんを見に、みんなでやって来たんだ。
たちまちムスッとし始めたリュウは、不貞腐れたようにあたしの顔をまじまじと覗き込む。
だから、近いってばっ
ユメさんやヒロさんは、そんなリュウの姿を見てクスクス笑ってる。
「おもしれえ」
なんてヒロさんが言うから、さらに不貞腐れちゃったよ。
最近のリュウは前にも増して俺様になったかもしれない。
俺様っていうか、ただの子ども?
ベタベタ度が半端なくて、どこにいても常にくっ付いて来る。
恥ずかしいから離れようとすれば、すぐに不貞腐れてスネちゃうし。
本当に子どもみたい。
まぁでも
スネる姿は可愛いから結構好きなんだけど。
普段クールな分余計にね。
かと思えば、男らしくて優しいところもあったり。
そんなギャップに毎日キュンキュンしまくりなのです。
「毎日大変でしょ?竜太の相手するの」
ヒロさんは大きな瞳を細めながらにっこり笑った。そして、結翔くんのほっぺを人差し指で優しく触る。
パパの顔だ。
なんだか微笑ましい。
大変というよりも、むしろ
「楽しいですよ」
あたしはヒロさんの優しい横顔を見つめながら返事をした。
毎日色んなリュウの顔が見れる。
リュウの休みが週1しかないから、一緒にいれる時間は大事にしてくれるし
極力あたしを楽しませようとしてくれてる。
夜いないのには大分慣れたけど、それでもやっぱり寂しい気持ちはあった。
それでもリュウの大きな愛をひしひし感じるから幸せなんだよね。
ミーンミーンと蝉の鳴き声が遠くから聞こえる。
窓から眩しいくらいの日射しが降り注ぐリビングは、幸せいっぱいの穏やかな色に染まっていた。
守りたいものが増えたヒロさんは、本当に本当に幸せそうで。
子どもって本当に天使だなと密かに思った。
「お前、子ども好きなのかよ?」
リュウの隣にいた蓮夜さんがそう言った。
リュウを真ん中にして並んでいたあたし達は、結翔くんのベビーベッドから離れたリビングのソファーに腰掛けている。
蓮夜さんが聞いてくれたことに、あたしはドキドキしながら返事を待った。
「可愛いとは思うけど……」
リュウはポツリと言った。
ため息交じりのその声に思わずドキッとしてしまう。
その後は黙ってしまい、なにも言わなかった。
可愛いとは思うけど……なに?