「あたしってそんなにガキっぽいかな」
童顔なのは仕方ないとしても、それ以外のところでは大人っぽく見えるように頑張ってるのに。
鏡の中の自分を見ながら、軽いため息を吐き出す。
4個も離れているからか、リュウはあたしのことを子ども扱いしてばかり。
大人っぽくて色気がある女性になれたら、少しはリュウに近付ける気がするのに。
せめて格好だけでも釣り合うようになりたい。
もう少し背が高かったら、大人っぽい格好も似合っていたかもしれないのにな。
リュウの好みって聞いたことがないけど、絶対大人っぽい方がいいに決まってるよね。
それはあたしの願望でもあるわけだけど。
ガキっぽいから大人な女性に憧れる。
「鏡と睨めっこしてなにしてんだよ?」
「え⁉あ……」
いけない、あたしったら。
またボーッとしてた。
「どうやったらリュウに釣り合うかって考えてたの」
さっきガキだって言われたしね。
軽く睨み付けたけど、リュウは全く気にする素振りを見せない。
「はぁ⁉そんなの考えるだけムダだろ」
挙句の果てには、あたしの努力を打ち消すような発言までしてみせた。
それはいくらなんでもひどすぎじゃないですか?
「そんな言い方しなくてもいいじゃん」
もういいよ。
リュウにはあたしの悩みなんてわかるわけないんだ。
完璧なリュウに凡人のあたしの悩みなんてね。
「待てよ」
洗面所から出て行こうとしたあたしの腕を、リュウがすかさず掴んで引っ張る。
「勝手に自己完結すんな」
「えっ⁉だって……ムダだって……」
そう言ったじゃん。
「そういう意味で言ったんじゃねぇよ」
ますますわけがわからなくて、あたしはリュウに向かって首を傾げた。
じゃあどういう意味なの?
「俺と釣り合うとか釣り合わないとか……んなの考えるだけムダって意味だよ。俺は妃芽が笑ってくれてたらそれでいい」
“だから余計なことばっか考えて暗い顔してんじゃねぇよ”
その言葉を聞いた時にはもう、リュウの腕に包まれていた。
〜ちっぽけな悩み事〜
【fin】
季節は巡って梅雨の時期がやって来た。
6月下旬。
「あーあー」
伝い歩きをするようになった結翔君を見て自然と顔が綻ぶ。
「やばーい、可愛い」
この前見た時はハイハイをしてたのに。
子どもの成長ってあっという間なんだね。
顔付きも前よりもっとはっきりして来た。
それにしても
小さい子って、どうしてこんなにムチムチしてるの?
汚れのない綺麗な瞳に、天使のように愛らしい笑顔。
そんな結翔君も、もうすぐ1歳になる。
「成長していくのを見てると幸せを感じるけど……なんせ子育ては大変だよ」
肩や腕をさすりながらユメさんが言う。
「体力がないと体が持たないしさ。それに見てよこの腕‼筋力がつきすぎて太くなっちゃったの」
「元が細いんだから、そんなに気にすることないよ」
今くらいがちょうどいい感じだし。
「最近毎日ヒロトと喧嘩ばっかなんだよね……お店が忙しいのもわかるけど、少しは結翔の面倒も見てほしいよ」
お互い専業主婦のあたし達は、たまにこうして会ったりしていた。
結翔君がいるからユメさんの家で会う率の方がダントツで多いけど、たまーに3人でランチや買物に行ったりもしている。
今のユメさんにはそれしかストレス発散法がないらしい。
実家が遠くて車の免許も持っていないから、里帰りもあんまり出来ないんだとか。
子育ての大変さはまだわからないけど、仲が良さそうに見える夫婦にも色々あるんだね。
「毎日家にいるんだから文句言うなって言われた時には本気で実家に帰ろうかと思ったよ」
顔をしかめて言うユメさんに、あたしは苦笑いを浮かべることしか出来ない。
グチることで少しでも楽になるなら、あたしがそれを受け止めてあげよう。
ヒロさんとユメさんにはいつまでも仲良し夫婦でいて欲しい。
数日後。
ピンポーン
夕飯の後片付けをしていたところに、来客を知らせるチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろう。
「えっ⁉」
エプロンで手を拭きながらモニター画面に映し出された人を見てびっくり。
「ユメさん⁉」
慌てて通話ボタンを押す。
思いつめたように見えるユメさんの腕の中には、気持ち良さそうに眠る結翔君がいた。
「ユメさん、どうしたの?」
聞かなくたって、ユメさんの姿を見ただけでピンと来た。
「ヒロトと言い合いになって……ムカついたから出て来ちゃった。悪いけど、泊めてくれないかな?」
「う、うん。とにかく開けるね」
そう言って解錠ボタンを押した。
家を出て来るなんて、よっぽどのことがあったに違いない。
「誰か来たのか?」
ちょうどシャワーを浴び終えたリュウがリビングに入って来て、固まるあたしの顔を覗き込んだ。
「うん……ユメさんが今日泊めて欲しいって」
と、とにかく部屋を綺麗にしなきゃ。
洗濯物がそのまま置きっぱなしになっているのを見て、頭が徐々に回転し始める。
「とにかく、リュウは服着て」
上半身裸のリュウに洗濯物の中からタンクトップを手渡す。
前の広すぎる高級マンションから引っ越したあたし達は、ユメさんの家から徒歩圏内のデザイナーズマンションに住んでいた。
「この部屋自由に使ってくれていいから」
目を真っ赤に腫らしたユメさんにぎこちなく微笑む。
「ありがとう……ごめんね、急に来て」
小さく首を振って返事をすると、ユメさんは安心したようにホッと息を吐いた。
「で、喧嘩の理由は?」
デリカシーの欠片もないリュウが真剣な表情でユメさんに詰め寄るのを見て、思わず腕を引っ張った。
「ちょ、やめなよ。ムリに聞かなくてもいいでしょ」
「聞かなきゃわかんねぇだろ?」
「だからってそんな唐突に聞かなくても……順序ってもんがあるでしょ」
いきなりど真ん中を突くのはいかがなもんなの?
リビングにユメさんと向かい合って座るあたしとリュウ。
ユメさんは俯いたまま口を開こうとしない。