「あら〜そうなの?お礼言わなきゃね」
「まさか……太一って奴のことか?」
「違うわよ、あなたったら。いつの話をしてるの?今は変わったの。なんでも、かなりカッコ良いんですって?」
「顔だけの男は好かん」
にこやかに言うお母さんに、お父さんの顔はどんどん険しくなるばかり。
っていうか、お母さんどこでそんな情報手に入れたの⁉
太一と別れたこと、言ってないのに。
ま、大樹からだろうけど。
大樹をじとっと睨むと「俺じゃねぇよ」と言い返されてしまった。
あんたじゃなかったら、一体誰がそんなこと言うのよ‼
「亜希ちゃんから聞いたのよ」
「えっ‼亜希から⁉」
「最近毎日のように家に来てるからね」
お母さんが大樹に向かって意味深に微笑んだ。
「なにそれ、どういうこと?」
亜希が家に来てる?
一体どうして?
あたしの質問に答えずに、大樹はプイとそっぽを向いた。
「大樹と亜希ちゃん、付き合ってるのよ」
とお母さん。
「あの子は良い子だ」
すかさずお父さんが口を挟む。
「ええっ⁉」
付き合ってる⁉
大樹と亜希が⁉
なにそれ‼
聞いてないんだけどっ‼
「おふくろ、余計なこと言うなって」
「いいじゃない、亜希ちゃんは妃芽の友達なんだから。いつかはバレることでしょ?」
頬を赤くしながらムスッとする大樹を、今度こそ睨み付けてやった。
「いつから付き合ってんの?」
そもそも、大樹って亜希のことが好きだったの?
大樹には長く付き合ってた彼女がいたはず。
キャピキャピしすぎてて、あたしはあまり好きじゃなかったけど。
「5月ぐらいから」
ボソッと呟いた大樹。
「前の彼女は?」
「とっくに別れた。じゃなきゃ、亜希と付き合わねぇって」
気まずいのか、髪を掻き乱しながら大樹が言う。
こんな話、今までしたことないもんね。
「亜希を傷付けたら、あたしが許さないからね‼」
「わかってるよ」
ぶっきらぼうに言う大樹。
本当にわかってるんだろうか。
亜希は高校生の頃からずっと、大樹のことが好きだった。
だから二人が付き合ってるって聞いて、素直に嬉しい。
泣かせたら承知しないんだから‼
「俺より妃芽の方はどうなんだよ?」
「どうって言われても……」
「ウチに来てもらえばいいじゃない。布団も余ってるし、泊まってけばいいわよ」
答えあぐねていると、お母さんが呑気に口を挟んで来た。
「と、泊まるって……⁉なにを考えてるんだ母さんは」
お父さんがムキになってお母さんに言う。
「あら〜いいじゃない。せっかく遠方から来てくれたのに追い返せないわよ」
お父さんは少し……いや、かなり‼
頭が堅い。
のんびり屋すぎるお母さんと、いつも意見が対立する。
「しかしだなぁ」
そんな二人のやり取りはもう見慣れてる。
大樹と顔を見合わせて、苦笑いをしてみせた。
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「お父さんがリュウに一目会いたいんだって」
“会ってくれる?”
一階の待ち合い室で待ってくれていたリュウに、恐る恐るそう訊ねる。
嫌だって言われたらどうしよう。
変な緊張から手に汗をかいた。
「よっしゃ、望むところだ」
「えっ、いいの?」
嫌じゃ、ないの?
「せっかくそう言ってくれてんのに断る理由なんかねぇだろ」
そうだけど。
土壇場で急に言われたら困るんじゃないかなって。
そう思ったんだけど。
「体に障るようなことを言わねぇように気を付けねぇとな」
なんだかリュウは嬉しそうに意味深なことを言っていた。
ま、いっか。
リュウがいいんならそれで。
緊張とかしないのかな。
あたしだったらするけど。
「土産とかなんも持って来てねぇな。ちょっとそこの売店寄るぞ」
曲がり角にある売店を見て、リュウがあたしの手を掴んだ。
「そんな気使わなくていいよ。急に来たんだから持ってる方がおかしいって」
リュウの体を引き止めるように手を引っ張る。
「いや、初めが肝心だからな」
だけど逆にリュウに引っ張られて、結局売店に入ることになってしまった。
いいって言ってるのに豪華なフルーツバスケットと、お菓子の詰め合わせを購入してから病室へ戻った。
だけど、ちょっと待って‼
すっかり忘れてたけど、話があるって言ってたよね?
別れ話かもしれないって思ったんだっけ。
もしそうだとしたら、親に紹介なんて迷惑だったんじゃ……。
「入らねぇの?」
ドアを開ける手を止めたあたしを、リュウが怪訝な顔で見つめる。
「あ、いや……そのっ。リュウ、さっき話があるって言ってたから気になって」
別れ話、じゃないよね?
「ああ、それは後で言うよ。落ち着いて話したいし」
後で……落ち着いて、か。
どうしよう、ものすごく気になる。
悪い話のような気がしてならない。
「早く入ろうぜ」
そんなあたしの思いを知らずに、リュウはドアをノックした。
どうやら全然嫌じゃないみたいなので一安心。
ガラッ
ドアを開けると、目を輝かせたお母さんの顔が真っ先に飛び込んで来た。
「あら〜」
なんて歓喜の声を上げて笑顔を浮かべるお母さん。
「初めまして、妃芽さんとお付き合いさせてもらってる辰巳竜太と申します」
リュウはニコッと笑ってお父さんとお母さんに軽く頭を下げた。
「そんなにかしこまらないで下さいね。妃芽がお世話になって……こんなに遠くまでごめんなさいね」
「いえいえ、僕が勝手にしたことですから」
うわあ、“僕”だって‼
なんだか似合わない。
僕なんてイメージじゃないし。
両親を前にかしこまるリュウは、いつもと違っててなんだか新鮮。
「つまらない物なんですけど、良かったら食べて下さい」
リュウがお父さんに向かってフルーツバスケットを差し出すと、お父さんはビックリしたようにそのカゴを凝視した。
「…………」
黙り込むお父さん。
あたしはハラハラしながらその様子を見守る。
大樹も同じようにお父さんを見ていた。
「あら〜美味しそう‼気を使って下さらなくても良かったのに……でも、ありがとうね。ほらお父さん、美味しそうよ?お礼くらい言ったらどうです?」
お母さんが笑顔でお父さんの顔を見つめる。
「キミは私を病人扱いする気か?」
リュウのことが気に入らないのか、お父さんは険しい顔でそう口にした。
真っ直ぐにリュウを見つめながら、一向にその瞳をそらそうとはしない。
「ちょっとお父さん‼そんな言い方ないでしょ⁉せっかく心配してっ」
「妃芽は黙ってなさい」
「でもっ」
言い返そうとするとリュウの手があたしの肩を優しく叩いて、なにも言うなと語りかけて来た。
「妃芽さんがご両親を大切にしているように、僕も同じように大切にしたいんです。これはその気持ちの表れみたいなもんです」
一切動じることなくそう言い切ったリュウの横顔を、あたしはドキドキしながら見つめていた。
「ふん、口ではなんとでも言える。物でつろうなんて、キミの中にはそんな考えしかないのか?」
それでも悪態をつくお父さん。
もう‼
お願いだから、リュウに嫌なこと言わないでよ‼
「確かに口ではなんとでも言えます。だけど……本心なので。信じてもらえるよう努力します」
リュウ……。