「嫌よ。別れない。櫂が離れていくなら私、また彼と不倫関係戻るかもしれないよ」
「・・・それはやめてほしい。でも俺はお前とこれ以上は付き合えない」
「最初からこうすれば良かった」
肩を掴まれ、強引に唇を押し付けられる。
「我慢なんてする必要ないのよ」
そしてまた唇を押し付けられ俺に跨る。
無理矢理ねじ込まれる動くもの。
どんどんと俺の上で茉央は服を脱ぐ。
見たくない。
触れたくないのに体は正直だ。
俺だって男。
もう限界だった。
何もかも忘れた。
佑衣ちゃんへの気持ちも。
その一瞬だけは目の前にある欲望だけを
ただ果たすだけ。
俺は茉央をめちゃくちゃにした。
我に返ると自分のしたことに興ざめした。
俺、何したんだ。
なんでなんで?
何、やってんだよ俺。
急いで制服に袖を通した。
こんな姿一秒も見ていたくない。
「やっぱり体は正直ね。櫂、良かったでしょ?結局好きとか言いながら他の女が抱ける。あんたもただの男なんだよ」
身支度を整えて茉央が俺の頬に触れて
言う。
「・・・けよ。出てけよ」
扉を開けて外に無理矢理茉央を追い出した。
「あたし別れないから」
茉央を追い出した後、俺は壁を思いっきり殴った。
どんな顔して佑衣ちゃんに会えばいいんだよ?
大好きなんてもう伝えられない。
もう会えない。
本当にさよならだ。
何も考えず誘いに乗ってあいつ
めちゃくちゃにして。
俺は結局佑衣ちゃんを裏切った。
こんなはずじゃなかった。
茉央と別れて佑衣ちゃんの家に向かって俺の気持ち全部伝えるつもりだったのに。
ガチャ。
扉が開く。
「なんだよ。何で戻ってくるんだよ」
「お客さん連れてきたわよ」
茉央の隣に立っていたのは佑衣ちゃん。
「な、何でここに・・・」
「櫂に会いたくてここで待ってたんだって。健気だよね」
「・・・帰れよ。2人とも帰ってくれよ」
「ひどいなあ。さっきまであんなにあたしを求めて激しく抱いたくせに」
佑衣ちゃんの前で告げられた言葉。
1番聞かれたくなかった。
ごめん。
俺、もう君に何もしてあげられないんだ。
「・・・・本当なの?」
「そうよ。あたしのことが好きだって散々・・・」
「やめろよ。もういいだろ?俺はこんな男だってわかったんなら早く出てけよ」
俺の言葉に涙を流して出て行く佑衣ちゃん。
俺、君のこと泣かせてばかりで傷つけてばかりだな。
もうこんな俺は忘れて。
憎んで嫌いになって好きだったことも
忘れてくれればいい。
でも俺は忘れないよ。
佑衣ちゃんのこと。
真っ直ぐな言葉も笑顔も
可愛いとこも全部覚えてるから。
それからは学校に授業を受けに行く感じであまり人とは話さなくなった。
自分がすごい汚れた気がして。
宮部も笠井も岩瀬もみんなキラキラしてて一途で俺には眩しかった。
一人だけ、俺一人だけが汚く思えて仕方なかった。
「高瀬、元気ないね?」
「悪い。ほっといて」
休み時間はずっと机に伏せてる。
誰の顔も見たくない。声も聞きたくない。
あんなに大嫌いだった女に手を出した。
しかもあんな形で。
毎日、毎日あの日の夢を見る。
吐き気がして目覚める。その繰り返し。
でも俺は茉央から離れられなかった。
バイト先でした行為を口外されたくなければ離れるなと言われたから。
仕掛けに乗ったのは俺。
茉央はなんとでも言える。
・・・女だから。
俺に無理矢理とでも。
もしそんな嘘でも噂になればまた姉ちゃんを傷つけてしまう。
離婚して帰ってきたときの周囲の目や噂にたくさん傷つけられてそれでも立派に瑞穂を育ててきた姉ちゃんをもう傷つけたくない。
だから俺は姉ちゃんを守りたい。
もう誰も傷つけたくないんだ。
今日もまたただ授業を受けるためだけに学校に向かう。
あの日から何日経ったのかすら分からない。
ただ今日も雨が降ってた。
佑衣ちゃんを抱きしめたあの雨の日を
思い出す。
泣かせて傷つけた。
いっぱい辛い思いさせた。
最後まで俺は自分勝手で1番言いたいことも言えなかった。
言ってやれば良かった。
あんな女のことなんか気にせず。
そうしたら少しは笑顔になってくれたかもしれないのにな。
「高瀬、やっぱり何か最近変だよ」
「悪いけど本当にもう俺には構わないで」
宮部、ごめん。
俺にはもうそんな純粋なお前と話す気持ちにはなれないんだ。
いろいろ心配してくれてるのにごめん。
窓の外はまだ雨が止まない。
雨音が響く誰もいない教室。
俺は下校のチャイムが鳴っても教室を出なかった。
もし佑衣ちゃんに会ったら困る。
だから時間をずらしてみんなが帰ったころに帰ろうと思った。
窓の外から見える黒い一本の傘。
笠井と宮部。
2人で一つの傘に入って変える姿を見てまた胸が苦しくなる。
自分の席に戻って机にまた伏せた。
いっそ見えなくなればいいのに。
聞こえなければいいのに。
なんてやっぱり俺は自分勝手だよな。
「ねえ。櫂、今日バイト終わりうちでご飯食べよ。だから早く片付け終わらせようね」
茉央の問いかけに俺がNOと言えるわけがない。
頷いて仕事をする。
仕事に没頭していれば何も考えなくても済むと思った。
でも数学の参考書や絵本、佑衣ちゃんに関わるものを見れば胸が締め付けられる。
勉強会もたった一回だけだったな。
図書室で話したのも2回だけ。
知り合ったのも最近でしかも最初は慰めた。
それなのに何で俺はこんなにも佑衣ちゃんのことが好きなんだろう。
佑衣ちゃんが俺を好きだと言ってくれたから?
それもある。
でも本当に短い期間だったけど2人で
話して俺は彼女のことが好きになった。
絵本の話や一緒にやった数学。
でもやっぱり真っ直ぐ響いたのは言葉。
俺は君の言葉に奪われたんだ。
片付けを終えて戻ったバック。茉央と2人でいるとあの日の俺の行為が頭を鮮明に過る。
「櫂と2人だとあの2人の初めての日を思い出すね」
「・・・・腹減った。早く飯食いに帰ろ」
聞きたくない。
一刻も早くこの場所から出たい。
俺はカバンを持って扉に手をかけた。
「ねえ、櫂。またここで・・・しない?」
腕を掴み俺を引き寄せる。
あの日から俺はたとえ求められてもそれだけは絶対にしなかった。
茉央と一緒にいると約束したときに唯一だした条件。『プラトニックでいる』
タガが外れたあの日。
付き合い続けるから俺が触れるまで求めるまではやめてほしいと懇願した。
茉央もそれはわかったと理解してくれて今までそれだけは守ってくれた。
でも今はもうそれすらも聞き入れようとはしない。
俺を惑わせて狂わせようとする眼差し。
俺の体に触れ、指を滑らせる。
こいつは知ってる。
俺自身が制御できないスイッチを。
ガチャ。
扉が開いて茉央は俺から離れた。
「あんた、何でここに・・・」
俺が振り向くとそこには佑衣ちゃんがいた。
扉を閉めて俺たちにゆっくり近づいてくる。
「何よ?何か用?」
「櫂くんに会いに来ました」
「はあ?何言ってるの?帰ってくれる?」
「嫌です」
視線をそらさずに茉央をじっと見る佑衣ちゃん。
茉央はそれをあざ笑うかのようにクスっと笑う。
「ねえ。櫂、この子の前であたしにキスしてよ。櫂、できるでしょ?早く」
茉央には逆らえない。
俺は顔を茉央に近付けた。
「・・・・何よ。これ」
「私が作った櫂くん人形です」
俺と茉央の間にはマスコット。
しかもそれを茉央の唇に押し当ててる。
「櫂くんとキスできて良かったですね」
「な、なんなのあんた。何よこんなもん」
「なかなかうまくできてるでしょ?良かったらあげます。でも櫂くんは私も欲しいんです」
俺の腕を掴んで引き寄せる佑衣ちゃん。
ギュッと力を込めて腕にしがみついた。
「あんたがそんなことしても櫂はあたしのものなの」
「櫂くんは私に伝えたいことがあるって言ってました。だから私にはそれを聞く権利があります」
「そんなことあるわけないじゃん。ねえ。櫂」
言えるわけがない。
俺は佑衣ちゃんを裏切ったのに。