「あのね、櫂くんお願いがあるんだけど・・・」




家族構成や趣味、好きなもの。
一通り話した後に佑衣ちゃんが切り出した。お願い?





「櫂くんさえ良かったら勉強私に教えてくれないかな?今まで咲紀に教えてもらってたんだけど理数が苦手で。咲紀はもう自分のために頑張らなきゃいけないからさ」




「いいよ。火木はバイトだから無理だけど月水金なら。でも俺でいいの?」




「櫂くんがいい」





「じゃあまた水曜日、ここで勉強しよか」




「うん。楽しみにしてる」




「言っとくけど俺、スパルタだから」




月水金の約束。


実はかなり喜んでたりする。



今まで女の子に告白されたりしたけど
全然好きになれなかった。岩瀬だけ。




そう思ってたのにやっぱり俺、佑衣ちゃんが好きになってるような気がする。
「あ、じゃあこれはさっきの公式を使えばいいんだ?」




「そうそう。それが解けたらこの公式を使って応用ができるから」




水曜日、放課後佑衣ちゃんと図書室で
勉強会。



今日はポニーテールにしてもらってた。



友達になったんだって嬉しそうに話すからつい俺も笑顔になる。



やっぱり女の子ってちょっと髪型変えただけで印象が変わるな。




「櫂くん教えるのうまいね」




「そんなことないけどな。この公式さえ使えたら佑衣ちゃんも解けたんだから佑衣ちゃんも飲み込み早いと思うけど」




「こらこら。片想い中の佑衣さんを自惚れさせないでよ」




「自惚れてくださいよ」




「あーっそんなこと言って突き落とすんでしょ?やだやだ」




「そんなことしねーけどな」





そんなことしない。
大事にする。



佑衣ちゃんを悲しませるようなことは
しない。




でももう少しだけ片想いしててください。




俺が君の気持ちにもう少し近づけるまで。
「えっ?ヘルプですか?俺、今帰りなんですけど・・わかりました」




勉強会を終えた帰り道、バイトからのヘルプの電話。


駅まで送って帰りたかったのに急いで
自転車を飛ばさなくちゃいけない。




「佑衣ちゃんごめん。急にバイト入らなくちゃいけなくなって。送っていけない」




「ううん。いいよ。私に付き合ってくれたんだし。気をつけて行ってね。また金曜日お願いします。先生」




「ほんとごめん。気をつけて帰ってな」




佑衣ちゃんと別れて自転車を飛ばす。
バイト先までは自転車で10分。




でもごめん。佑衣ちゃん。





なんで俺、この日に佑衣ちゃんに好きだって伝えなかったんだろ。




後から考えても仕方ないけど本当に
そう思う。




頭の中は佑衣ちゃんのことでいっぱいなのにその気持ちに応えられなくて本当にごめん。
「高瀬くん。悪いわね」




「いえいえ」




「今日、飯塚さんと2人でラストお願いしちゃうけどよろしくね」




交代のパートさんが帰って
俺とあの女だけ。



無視することに決めた。



仕事中はあいつも俺に事務的なことしか言ってこない。




早く終わらないかな。



こいつと一秒も同じ空気を
吸っていたくない。





あ、絵本。いつもなら可愛い瑞穂の笑顔が浮かぶのに今日は佑衣ちゃんの笑顔。




佑衣ちゃんが絵本読んでくれたら瑞穂も喜ぶだろうな。





「・・・おつかれさまです」





バックヤードでエプロンを外してあいつの顔も見ずに立ち去るつもりだった。




「待って。櫂」




扉の前に立つあいつ。
そして俺に抱きついてきた。




「やめてくれる?」




「やだ。櫂が好きなの」




腰に手を回して放さない。
俺は触れることも嫌でただ立ち尽くして
冷たい声で言葉を放つ。





「刺激がなくて妻子持ちと不倫してるやつにそんなこと言われても嬉しくもなんともない」





「櫂が彼氏になってくれたらやめる。求めてくれるから嬉しかったの。愛されてるって思いたかった。でも櫂が好きになってくれて彼女にしてくれるならもうあの人とは会わない」
「・・・せっかく結婚式盛大にしたのに申し訳なかったね。こんなふうになるなら結婚式なんてしなかったら良かった」




「姉ちゃん・・・」





「・・・私みたいな思いをする人が少しでも減ればいいのにね」





姉ちゃん。
俺は姉ちゃんのあんな顔もう見たくない。




寂しげで切なげで苦しい横顔。



姉ちゃんは世界一幸せになるんだって
思ってた。




この女の相手の男にも姉ちゃんと瑞穂のような傷つかなくてもいい人がいるんだよな。




何も知らなくてただ家族の幸せな時間を過ごしているって勘違いさせられてる
可哀想な人が。




俺はこいつを止められる?



俺なら姉ちゃんみたいな思いを他の人にさせなくても済むんだろうか?




こいつを彼女にすれば。





「・・・俺、あんたに触れるの嫌だし。プラトニックだけど。それでも・・・いい?」




「・・・・それって彼女にしてくれるってこと?嬉しい。プラトニック彼氏でも新鮮でいいかも。でも櫂が我慢出来なくなったらいつでも触っていいからね」




そんなことあるわけないだろ。
頭の中は佑衣ちゃんでいっぱいだから。





でもごめん。
俺は姉ちゃんみたいな思いをする人がいるのを黙って見過ごせなかったんだ。




「今日から櫂はあたしのもの。あたしは櫂のものだからね」





佑衣ちゃん・・・ごめんな。
今日は木曜日。



良かった佑衣ちゃんに会う日じゃない。




昨日、結局了承してしまったあいつと、茉央と付き合うこと。





彼女なんだから名前で呼んでと言われて呼んだ名前。



彼女だからバイト帰り自転車を押しながら送った。




乗りたいと言われたけど乗せたくなかった。




今日は雨。



俺も徒歩で学校に向かう。
いつもなら絶対に会うことないのに


・・・見つけてしまった彼女。




会いたくてどうしようもないのに
もう応えてやることができないから
会わないほうが良かった。




どうせ明日には伝えなくちゃいけない。
俺には彼女ができたこと。




たとえ、気持ちがなくても彼女なんだから好きになる努力をしなきゃいけない。



茉央に触れたいって思えるように
ならなきゃ。




どうか振り向かないで。
俺に気づかないで。
傘で見えないように姿を隠す。




俺は見ていたい。
でも佑衣ちゃんは見ないで。
「高瀬、こないだはありがと」




「えっ?あ、痴話喧嘩ね」




「違うし。でもちゃんと不安な気持ちも全部颯太に伝えたから」




「良かったな」




「うん。高瀬も早くいい恋ができるといいね」




教室に着くと宮部がまた俺の席まで来てわざわざ報告してくれた。




宮部。
俺もお前らみたいになりたかったよ。



お互いをすごく大切に思って好きだって思って育むような恋がしたかった。




「あ、あと未彩にもなんか言ってくれたんでしょ?高瀬くんから大事にしてやれって言われたって。あんたまだ未彩が好き?」




未彩?ああ。岩瀬のことか。
そういやすっかり忘れてたな。





もう今は佑衣ちゃんのことで頭の中は
いっぱいだからな。




「いや。あいつのことはもういいかな」




「そっか。良かった。ありがと」




岩瀬のことが好きだったときよりもずっと今の気持ちのほうが大きい気がする。




ずっと佑衣ちゃんのことばかり考えてる。




明日になれば会える。
でも明日で終わる。
明日になってほしい。



でもなってほしくない。
図書室に行けば会えるかな。



休み時間毎に立ち上がろうとしては
やめる。




行って今日会ってどうするんだよ。
終わりを一日早めるだけにしかならない。




どうせ茉央は学校にいるわけじゃないし黙ってたってわからない。



でもそんなことをして佑衣ちゃんと
会っても佑衣ちゃんに失礼だ。




やっぱり終わるしかない。





「・・・・高瀬くん」





「岩瀬、どうした?なんか俺に用?」





「ありがと。高瀬くんのおかげで風香の悩みを聞いてあげれたよ。風香もありがとって言ってくれた。高瀬くん・・・本当にありがとう」




珍しく岩瀬が俺に話しかけてきて初めて笑った。





「おう。岩瀬、もう俺のことは気にすんな。お前のことはもう吹っ切ったし。ちゃんと好きなやついるから。あ、でも宮部には言うなよ。また俺から言うから」




「うん。良かった。本当に良かった。高瀬くん頑張ってね」





「・・・・おう」





頑張れるなら頑張りたい。
でも頑張れることじゃない。



諦めなくちゃいけない。
俺がそうしたんだから。
今日は直接バイトに行くからチャイムが鳴ればすぐに走って帰る。
階段を駆け下りて。




また咲紀子ちゃんにぶつかったりしてな。




下校のチャイムが鳴る。




俺はいつものように急いで階段を駆け下りた。




そして下駄箱で靴を履き替える。




さすがにこんなに早くここに来るやつはいないか。





「・・・櫂くん」





「佑衣ちゃん・・・」





「今日は木曜日だから櫂くんに会えないなと思って待ち伏せしちゃった。咲紀が櫂くんは時々早く帰るって言ってたからバイトかなって」




「ああ。うん。そうなんだ」





顔が見れない。
朝からずっと佑衣ちゃんのことばかり
だったのに。





「今日は雨だから自転車じゃないよね?本屋さんまで一緒に行ってもいい?」





「・・・・うん」





断れなかった。断りたくなかった。




何、やってんだ俺。
自惚れさせて突き落とす。1番最低だろ。




「ありがとう」