「なんで泣いてるの?あたしのために泣いてる?」
「違うよ。私は何も出来ない無力な自分が嫌で泣いてる。もっと早く気がついてあげたかったのに・・・ごめん」
咲紀、なんでそんなこと言うの?
あたしそんなこと言われたら・・・
これが間違いだってことになる。
間違ってるの?あたしのやってることは間違ってる?
だって痩せなきゃ可愛くならなきゃ
あたしは産まれてきたことすら否定したくなる。
「・・・風香、可愛くなろうとしなくていい。綺麗になろうとしなくていい。・・・ただ私のことを忘れないで。吐きたくなったら私の泣いてる顔を思い出して」
「咲紀。なんであたしのためにそこまでできるの?」
「だって私、風香が大好きだから。だから風香が傷つけられるのは見てられない。たとえ風香自身が傷つけたとしてもね」
あたしを救ってくれた咲紀。
一緒にダイエットしてメイクやファッションを勉強して唯一無二の存在。
それなのに同じ高校に入ってクラスが変わってなかなか会えなくなった。
だから次に会ったときは咲紀のためになんでもしたいって思ってたんだ。
そして咲紀から卒業してもう一つ卒業してた『ブス』の言葉。
それなのにその言葉は今も強力であたしから全てのものを奪う。
刃物のような鋭利な言葉を投げられあたしは告白なんてできなかった。
教室に誰もいなくなっても私は口を開けなかった。こんなブスなあたしが笠井くんに告白なんて出来ないよ。
「風、話ってなーに?」
優しく問いかけてくれても顔すら上げれない。あたしが呼び出したのに何も言えない。
「どうした?なんかあった?」
顔を覗き込まれても言えない。
でも何か言わなきゃいけない。
口に出した言葉は思ってもみない言葉。
「・・・風なんて呼ばないで」
あの日から笠井くんもあたしも話しかけることがなくなった。
そして笠井くんには彼女が出来たんだ。
そう。あの恵美香。やっぱり笠井くんはあの子が好きだったんだ。
『風』はただのあだ名で『恵美香』は特別扱い。
苦しくて辛くて毎日死にたかった。
ただ咲紀の顔を思い浮かべたら出来ない。あたしは強くなるって決めたの。
咲紀がくれたたくさんの言葉のプレゼントを無駄にしないために強くなって優しくなって咲紀に会う。
それなのにその決意は崩壊寸前。
あたしは1人じゃ強くなれないよ。
笠井くんにそばにいてほしいよ。
一度でいいから『風香』って特別扱いしてよ。
あたしを好きになってよ。
同じ委員をこれほど恨むとは思わなかった。こんな至近距離で誰かのものになった笠井くんと会うのは辛い。
一ヶ月に一回の委員会が辛い。
毎日教室でベタベタする2人。そんな姿見たくないのにあたしには行き場もない。
唯一救われたのはあたしが窓際の席だということ。
見たくないものは見なくてもいいよ。そう言ってくれてるかのように外を見ることができる。
でもそれも時には逆効果。
爽やかな風を1番近くで感じてしまう。
風が吹けばまた笠井くんへの思いが増すだけ。
一度好きになった人を本気で忘れることができる魔法があるなら誰かあたしに掛けてよ。
笠井くんを見たくない。
声も聞きたくない。
好きになんて・・・なりたくないなんて思いたくない。
これはあたしが招いた結果。結局あたしは何も変わってないんだ。
『ブス』で弱い自分から卒業なんてしてないんだ。
今日は月一の保健委員会。
休もうかな。サボろうかな。
そんなことばかりが朝から頭をよぎる。
いっそ『恵美香(あの子)』に行ってもらうほうが楽かな。
あーっ。何も考えたくない。気分転換に飲み物でも買いに行こう。
教室を出て自動販売機に行こうと足を進めてるとたまたま聞こえてきた空き教室からの声。
「期待はずれだろ。もう別れよ」
・・・気になる。少しだけ見える窓の隙間から覗いてみた。
あれは誰?女子はうちのクラスの岩瀬さんだよね?
なんか絶対に元が可愛いのに無理してギャルっぽくしててちょっと浮いてるんだよね。
別れ話の立ち聞きってあたし趣味悪すぎ。立ち去ろう。・・・でも気になる。
少し離れたところまで走ってもう少しだけ様子を見ることにしよう。
しばらくして男子が1人だけ出てきた。知らない子。同じクラスじゃないのかな?
男子が立ち去った後、空き教室に近づいてさっきの窓から覗いてみた。聞こえる独り言。
「・・・んで、なんで期待はずれなの。あたしの何が悪いの?」
強いな。泣いてない。
でも逆に強がってるだけ?なんで泣かないの?
彼氏のこと好きじゃなかったの?
慰めようと思ったけど掛ける言葉はない。
だって『大丈夫?』なんてきっと何の慰めにもならないだろうし。
『他にも男はいるよ』なんてあたしが言えるはずがない。そうだよ。男子なんてたくさんいる。別に彼に拘る必要なんてない。
そんなことあたしが1番わかってる。
でもたくさんいる中から彼を好きになった。だから誰でもいいわけじゃない。
もう少しあたしに余裕が出来たら・・話しかけてみようかな。
あの子もきっとあたしみたいに心の中に『鍵』掛けてるのかもしれない。
結局何の考えも思い浮かばなくて放課後、保健委員会が始まった。
でも今日は・・・笠井くんがいない。
『恵美香(あの子)』と一緒に帰ったのかも。
やっぱり保健委員あの子に譲ったほうがいいのかもね。これ以上笠井くんには関わらないほうがいいんだ。
笠井くんがいないほうが集中できる。
嘘。本当は全然集中できない。
笠井くんがいないことが気になって仕方ない。委員長の話も何も耳に入って来ない。
なんであたしこんなに笠井くんが好きなんだろ。
結局笠井くんがいないまま委員会は終わった。
なんでこなかったんだろう。
そう思いながら委員会の教室を出て下駄箱に向けて歩いてたらいきなり後ろから腕を掴まれた。
「・・・笠井くん?」
「ちょっといい?」
えっ?笠井くん?
なんでここにいるの?委員会来なかったのに。それにあたし今、腕掴まれてる?
逃げたいのにしっかりと掴まれた腕を引っ張られてあたしは教室へと連れて来られた。
向かい合って座らせるけど彼は何も言わない。ずっと俯いてる。
あたしから何か話したほうがいいのかな?なんで委員会来なかったの?とか話があるの?とか。
こんな近くで笠井くんのこと見るの初めてかも。あーっ。こんな至近距離で見てしまったら諦められなくなる。
でも俯いてるし見てても大丈夫かな?あたしの目の前には彼のつむじ。
あたしつむじ見るために呼ばれたの?
「・・・ごめん。好きになってごめん。俺のこと嫌いなのに・・・俺は好きなんだ」
えっ?今なんて言った?笠井くん、好きになってごめん?
「やっぱり言わずにいられなかった。でもお前は俺のこと、嫌いだよな?だから好きになってごめん」
えっ?笠井くんがあたしを好き??
あたしは笠井くんを嫌い?
嫌いなわけないじゃない。嫌いになれたらどれだけ良かったか。
「嫌いじゃない。嫌いになんてなれないよ」
「えっ?」
やっと顔を上げてくれた。
久しぶりに笠井くんの顔を見たかも。
でもなんでそんな勘違いしてたんだろ。
「・・・笠井くんのことが・・・好きすぎて苦しかった。あの日あんなこと言うつもりじゃなかった。本当は好きだって伝えたかった。でも言えなかった。あたしが弱虫でいつまでも過去に囚われてたから」
「ごめん。俺もあの日伝えたかった。でも言えなかった。ずっと後悔してた。でも俺ガキであれで嫌われたと思って話しかけることもできなかった」
目を見てお互いの気持ちを伝えることができた。
足りない。もっともっと伝えたいことがあるのに言葉にできない。
でもまたあたしの口から出た言葉は思ってもいないことだった。