俺様社長は左手で愛を囁く

そう言った冬美の目には、

涙が溜まっていた。

・・・

忘れられない・・・先輩。

でも、

少なからず、オレへと

気持ちが傾きつつある冬美。

心の中は、

複雑で、

もしかすると、

心が押しつぶされて

しまうんじゃないかと思った。

そう思ったら、

今はまだ、

彼女を見守ろうと思った。

・・・

いつか、心から、

オレを愛してくれるその時まで・・・

・・・

オレは、

声も出さずに泣きだした冬美を、

そっと包み込んだ。

冬美が愛おしい・・・

昔の想い人を忘れられなくても、

そんな彼女だからこそ、

そう思えるのかもしれない。
「いい・・・

冬美、無理して先輩を忘れるな。

忘れなくていい・・・

最初からそれは覚悟の上だったんだから。

オレが冬美の傍にいたい。

ただ、それだけ・・・

冬美の分も、いやそれ以上に、

お前を愛することが出来れば、

それで俺は幸せだ」



「…翔」



「だから、泣くな…

オレは今のままでも構わない」



「・・・でも、

翔は会社の社長・・・

早く結婚して・・・

跡継ぎだって、必要でしょう?

・・私なんかじゃ・・・」



「そんな事は気にするな。

別に我が子じゃなくても、

後を継いでいてくれるものがいれば、

子供はいらない」


「そんな」


「黙って」
人差し指を冬美の唇に、

そっと置いた。

・・・

冬美は涙を流しながら、

口を閉じた。

・・・

「オレはお前がいればいい。

だから、何も気にすることはない。

心から、お前だけを・・・」


人差し指を離し、

そっと口づけを交わす。

・・・

そのキスは、

涙の味がしたが、

冬美は、オレのキスを、

静かに受け入れた。

・・・

本当に、

今はそれだけで、

十分だ・・・

・・・

間もなくして、

冬美は眠りについた。

オレは冬美のおでこにそっとキスをし、

離れないように、

しっかりと抱きしめ、

目を閉じた。
・・・

この気持ちは、

好きと言う感情…

そしてそれは紛れもなく、

私は翔を好きだと言うしるし。

・・・

私は、

翔の事を、

好きになってしまった。

・・・

彼を知れば、

誰もが、

彼を好きになるのもうなずける。

・・・

散々嫌っていたはずなのに、

今では、

彼を好きだと言えてしまう自分がいる。

・・・

先輩の事を忘れたわけじゃない。

忘れたりなんかしない・・・

・・・

先輩を想い続け10年。

こもっていた殻を、

破る時が来たのかもしれない。

・・・

でもその勇気が、

まだでない・・・
それはなぜなんだろう・・・


好きだと思えるのに、

それを口にする勇気がない。

・・・

左手が好き。

それを言うのが精一杯で。

・・・

こんな私を、

それでも愛してくれてる翔。

両思いになったのに。

・・・

言えない自分がみじめ・・・

・・・

翔、

私ね、

翔の事、

愛してる・・・

私を包み込んでくれるあなたが、

本当に…好き。

・・・

真夜中。

眠る翔に、

そっと寄り添って、

小さな声で、呟いた。

眠ってる貴方には、

聞こえないでしょうけど・・・


・・・


この週末。


・・・

私の心が崩壊する。



・・・

それは、

本当に、

予期せぬ出来事。



・・・

翔、


私は貴方の事を、



本当に愛してたよ・・・・



今は、その言葉を


口にすることは、

ないのだけど・・・
仕事が終わり、

後片付けをしていると、

いつものように、

翔が私を迎えにきた。

「相変わらずまた仕事か?」

溜息交じりに言われ、

ちょっぴり微笑む。

・・・

「翔こそ、

仕事で疲れてるでしょう?

毎日迎えに来てくれなくていいのよ?」


「オレは別に疲れる事はない。

冬美の方が心配だ。こうやって迎えに来ないと、

いつまでも仕事をしてるだろ?」


そう言いながら、

私のカバンを持った翔。

・・・その時、

私のカバンから手帳が落ちた。

・・・

その中の写真に、

翔は釘付けになる・・・

「…翔」

「…これが先輩?」

「・・・」

私は黙って頷いた。
「オレとは真逆の性格のような、

そんな顔立ち…だな」

・・・

翔は冷静に告げる。

でも、

ちょっと寂しそうな顔も見え隠れ・・

私はその手帳を、

奪うように取り、

鞄にしまった。

・・・

そんな私を見て、

翔は笑う。


「気にしてない。

ほら、帰るぞ」


「・・・うん」

・・・

私の手を取り、

歩き出した翔。

翔は窓の外を眺めながら歩く。

・・・

向こうから歩いてくる人影にも気づかず。

・・・

私はその人に、

顔を見られないように、

パッと逸らそうとしたが、

目が逸らせなくなってしまった。
相手は私に微笑み一礼して去っていく。

・・・

歩いていたはずの私の足は、

その場から動けなくなってしまった。

・・・

「冬美?」

私の手を手繰り寄せ、

翔が私の名を呼ぶ。

・・・

私は通り過ぎたその人をただ見つめていた。

・・・あ。

曲がり角の所で、

その人がハンカチを落としていった。

・・・

私は翔の手を離し、

それを拾いに行く。

・・・

そして拾い上げ、

声をかけようとしたが、

そこには、もう、その人の姿はなかった。

・・・

私の不思議な行動に、

翔が駆け寄り、

声をかける。

「冬美、一体どうした?」

その言葉で、ようやく我に返る。