俺様社長は左手で愛を囁く

「…翔」

「今すぐ、結婚しよう」

・・・

翔の名を呼び、

顔を上げた瞬間、

私は翔の腕の中にいた。

・・・

翔の行動に、言葉に、

驚いて、言葉が出ない。

・・・

「レイとのキスは、なんでもない・・・

冬美を傷つけるには十分だった。

それは謝る…だが、

オレには冬美しかいないし、

冬美しかいらない・・・

もっと早く、こうしてればよかった。

冬美を安心させるために、

早く式を挙げて、婚姻届も出せばよかったと、

ずっと後悔してた。

探してる時、もう二度と冬美は

オレの元に帰ってきてくれないと思っていたから、

抱きしめてる今も、

不安で、オレの愛は、

冬美を幸せには出来ないか?

どうすれば、冬美を幸せにしてやれる?」
言葉を言ってる間、

ずっと私を抱きしめていた翔。

・・・

その体が、

少し震えてるのが分かった。

私を失うと言う不安が、

体全体に出たんだろう。

それほどまでに、

私を求めてくれてる翔。

・・・

たかがたった一回のキスで、

翔の愛を手放すのは、

きっとバカ・・・

・・・

翔からじゃないキスは、

キスじゃない。

そう思えば、

許せること…だよね。

・・・

「翔の傍に・・・ずっといる」


「・・・ふゆ、み」


「私を、いつも心から愛してくれてるのは、

翔、貴方だけだもの・・・

だから、一緒にいる」
これでいいんだよね?

・・・

あの場面を見て、

確かにショックで傷ついた。

だから、それが嫌で別れようと思った。

・・・

別れるのは簡単な事。

サヨナラと言って、

手を離せば終わる。

でも、

これを乗り越えれば、

愛はもっと深まる。

付き合いを継続するのは難しい。

だからこそ、

私はそちらを選ぶ。

・・・

数年間の想いを経て、

やっと翔に辿り着いた。

こんな私をすべて受け入れてくれた翔の、

傍から離れるなんて無理。

・・・

これからは、

どんなことも、翔と

乗り越えていかなきゃならない。

私はもっと強くならなきゃいけない。

翔を愛してるから。
・・・

冬美がオレと一緒にいる事を、

選択してくれた。

・・・

仕事においては、完璧でも、

恋愛においては、

未完成・・・

冬美を気づけたことを、

深く反省し、これからは、

もっともっと冬美を幸せにしようと、

心に誓った。

・・・

後日。

案の定、

オレとレイのキスシーンの写真が

世に出回った。

・・・が、

調べた結果、

レイと、パパラッチの策略だと言うことが分かり、

今度はそれを、

マスコミに発表した。

それと同時に、

自分の大切なパートナー。

冬美も紹介した。

マスコミは、

それを大きく取り上げ、

レイとのスキャンダルは、

簡単に騒動も収まった。

・・・

そして・・・

今、俺たちは、

仕事の合間を縫って、

式場の下見に来ていた。

「この度はおめでとうございます。

大変なスキャンダルに巻き込まれ、

それでも、2人の愛が勝ったと聞き、

スタッフ一同感動しておりました」

・・・

担当の人に言われ、

オレも冬美も微笑んだ。

・・・

話しを進めていると、

「…社長」

オレを呼ぶ声が聞こえた。

・・・

「…綾野」

「ちょっと、よろしいですか?」

綾野の言葉に、頷いた。

「…翔、私も」

オレの手を掴んだ冬美が、

心配そうに見つめている。
「大丈夫だ・・・

少し、話しを進めておいてくれるな?」


「・・・はい」

・・・

冬美をその場に残し、

綾野の後についていった。

・・・

「一体何の話がある?」

綾野の背中に、そう問いかけた。

・・・

綾野は振り返り、

いつものように優しく微笑んだ。

「やっと結婚されるんですね?」


「・・・ここのところ、

仕事を無断欠勤して」


・・・そうだ。

あの日を境に、

綾野は何日も無断欠勤していた。

携帯も、自宅の電話も、

一度も出なかった。


「・・・すみません。

でも、自分の気持ちを言ってしまった以上、

お二人に顔を合わせる資格がないと、

そう思い悩んでいました」


「・・・そんなこと。

お前は、オレの大事な秘書だろう?

いてくれなきゃ困る」
「何を言ってるんですか?

私がいなくても、社長には、

大事なパートナーがいるではありませんか?」


・・・


「…綾野。

一緒に仕事をするのは辛いか?」


「辛くないと言ったらうそになります。

でも、それより、

社長と冬美さんが私のせいで

こじれたりすることがあると思うと、

そっちの方が辛い。

私には、2人とも大事な存在ですから」



「・・・お前も、

オレにとっては大事な存在なんだが?

社長になってずっと、お前に支えられてきた。

だからどんな仕事もうまくやってきた。

だから、辞めるなんて言わないでくれよ?」


・・・

オレの言葉に、

綾野は静かに笑った。

そして首を振る。

「申し訳ありません・・・

決めた事ですので・・・」


「…待って!綾野さん」
俺達の後ろから、

冬美の声が聞こえてきた。

・・・

振り返ってみた冬美の顔は、

今にも泣き出しそうな顔だった。

・・・

「私を想ってくれてたこと、

嬉しいです、私なんかを想ってくれて、

感謝したいくらいです…

綾野さんは心の優しい素敵な男性。

そんな貴方の想いに応えられない

私を許してください」


「何を言ってるんですか?

それでいいんです・・・

社長と早乙女さんが幸せになる事が、

私の願いですから・・・」


「想いに応えられないくせに、

こんな事を言うのは筋違いかもしれない。

でも、言わせてください。

私より、はるかに翔との付き合いは長い

そんな綾野さんが、傍にいないのは、

やっぱりダメだと思うんです。

翔の…神宮寺社長のお尻を叩ける秘書は、

毒舌をはける秘書は綾野さんしかいないと思う。

だから、辞めるなんて、言わないで」
冬美の言葉に、

思わず、

オレも綾野も吹き出した。

・・・

冬美は真っ赤な顔で怒る。

「もう!何で笑うの?

真剣に言ってるのに」

・・・

「すみません・・・

確かにそうかもしれませんね?」

綾野は笑いながら言った。

・・・

「じゃあ、続けてくれるのか?」

オレの言葉に、

困った表情になった。


「…少しだけ時間を下さい。

もっと強くなったら、

また・・・

社長の元で、働く事を許してくれますか?」


「・・・もちろんだ。

でも、あんまり長く離れるなよ?

オレの運転手は、お前以外に

頼むことはないし、秘書も、

雇わないから・・・

秘書のポストは空けて待ってるよ」