その声の主は、
もちろん社長。
社長は自宅玄関ではなく、
自分の車から降りてきていた。
・・・
オレは咄嗟に冬美の前に歩み出た。
・・・
冬美も目線が合わないように、
社長から目線を逸らした。
・・・
「社長」
「…どけ、綾野」
「どきません」
「・・・何?!」
・・・
オレは初めて、
社長の言葉にタテをついた。
今までどんなことがあっても、
社長の言葉は絶対だったから。
そして何より、
社長の言葉を、信頼していたから。
・・・
「綾野、どういうつもりだ?」
「社長、早乙女さんを、
傷つけないでください・・・
色んな想いを乗り越えて、
やっと社長の事を好きになったのに、
今の早乙女さんは不幸せそのものだ。
このまま何の手段にも出ないなら、
私が・・・いやオレが、
早乙女さんを奪います」
・・・
オレの言葉に、
社長の目の色が変わった。
社長も驚いただろう。
まさか、オレが冬美の事を
好きだと思ってもいなかったはず。
・・・
「綾野、いつから、冬美の事」
「・・・きっと、入社した時からずっと。
自分の気持ちは胸に秘めたまま、
社長と幸せになれるなら、
この気持ちを闇に放り込むつもりでした」
「・・・」
「でも、それは止めました。
社長が、早乙女さんを傷つけるなら、
何が何でも彼女を守る、そのつもりです」
言い終えたオレの服の裾を、
冬美が軽く掴んだ。
・・・
オレは振り返り、
冬美の顔を見つめた。
・・・
「綾野さん、もういいです。
・・・もういいから、
今夜はもう、帰ってください」
真っ赤に腫らした目が、
痛々しく、
それでも、
笑顔を作って見せる冬美。
・・・
胸が締め付けられそうだ。
・・・
「早乙女さん」
・・・
「私は大丈夫だから」
「それのどこが大丈夫なんですか?
そんな貴女をオレは」
・・・見ていたくない。
「帰って」
夜の静寂に、
冬美の声だけが響いた。
私の言葉に、
驚いてる綾野さん。
こんな口調で、
綾野さんに言葉を発したことがない。
驚くのも無理はない。
・・・
「・・・驚かせて、ごめんなさい」
・・・
私は俯いたまま、
綾野さんに謝る。
「・・・いえ。
今夜は帰ります。
…本当に大丈夫ですか?」
「はい…大丈夫です」
「・・・それじゃあ」
・・・
綾野さんはほんの少しだけ、
私の肩に触れ、
まだ何か言いたそうにしていたけど、
そのまま車に乗り込み、
帰っていった。
・・・
その場に取り残された私と翔。
・・・
翔に、聞かなきゃならないことがある。
それを言葉にしなきゃ。
「…翔」
「今すぐ、結婚しよう」
・・・
翔の名を呼び、
顔を上げた瞬間、
私は翔の腕の中にいた。
・・・
翔の行動に、言葉に、
驚いて、言葉が出ない。
・・・
「レイとのキスは、なんでもない・・・
冬美を傷つけるには十分だった。
それは謝る…だが、
オレには冬美しかいないし、
冬美しかいらない・・・
もっと早く、こうしてればよかった。
冬美を安心させるために、
早く式を挙げて、婚姻届も出せばよかったと、
ずっと後悔してた。
探してる時、もう二度と冬美は
オレの元に帰ってきてくれないと思っていたから、
抱きしめてる今も、
不安で、オレの愛は、
冬美を幸せには出来ないか?
どうすれば、冬美を幸せにしてやれる?」
言葉を言ってる間、
ずっと私を抱きしめていた翔。
・・・
その体が、
少し震えてるのが分かった。
私を失うと言う不安が、
体全体に出たんだろう。
それほどまでに、
私を求めてくれてる翔。
・・・
たかがたった一回のキスで、
翔の愛を手放すのは、
きっとバカ・・・
・・・
翔からじゃないキスは、
キスじゃない。
そう思えば、
許せること…だよね。
・・・
「翔の傍に・・・ずっといる」
「・・・ふゆ、み」
「私を、いつも心から愛してくれてるのは、
翔、貴方だけだもの・・・
だから、一緒にいる」
これでいいんだよね?
・・・
あの場面を見て、
確かにショックで傷ついた。
だから、それが嫌で別れようと思った。
・・・
別れるのは簡単な事。
サヨナラと言って、
手を離せば終わる。
でも、
これを乗り越えれば、
愛はもっと深まる。
付き合いを継続するのは難しい。
だからこそ、
私はそちらを選ぶ。
・・・
数年間の想いを経て、
やっと翔に辿り着いた。
こんな私をすべて受け入れてくれた翔の、
傍から離れるなんて無理。
・・・
これからは、
どんなことも、翔と
乗り越えていかなきゃならない。
私はもっと強くならなきゃいけない。
翔を愛してるから。
・・・
冬美がオレと一緒にいる事を、
選択してくれた。
・・・
仕事においては、完璧でも、
恋愛においては、
未完成・・・
冬美を気づけたことを、
深く反省し、これからは、
もっともっと冬美を幸せにしようと、
心に誓った。
・・・
後日。
案の定、
オレとレイのキスシーンの写真が
世に出回った。
・・・が、
調べた結果、
レイと、パパラッチの策略だと言うことが分かり、
今度はそれを、
マスコミに発表した。
それと同時に、
自分の大切なパートナー。
冬美も紹介した。
マスコミは、
それを大きく取り上げ、
レイとのスキャンダルは、
簡単に騒動も収まった。
・・・
そして・・・
今、俺たちは、
仕事の合間を縫って、
式場の下見に来ていた。
「この度はおめでとうございます。
大変なスキャンダルに巻き込まれ、
それでも、2人の愛が勝ったと聞き、
スタッフ一同感動しておりました」
・・・
担当の人に言われ、
オレも冬美も微笑んだ。
・・・
話しを進めていると、
「…社長」
オレを呼ぶ声が聞こえた。
・・・
「…綾野」
「ちょっと、よろしいですか?」
綾野の言葉に、頷いた。
「…翔、私も」
オレの手を掴んだ冬美が、
心配そうに見つめている。