・・・
目の前での光景は夢。
そうであってほしいと願った。
でも、
私を見つけ、私を見つめた翔の目が、
現実だと言う事を訴えた。
・・・
私は、その場にいられなくて、
走り出していた。
・・・
仕事が終わり、
もしかしたら翔も帰ってくるかな?
そう思って、駐車場に向かった私。
・・・
行くんじゃなかった。
そう後悔しても、もう遅い。
見てしまった物は消すことなどできない。
・・・
どうやってここまで来たのか。
無意識に来たところは、
東京湾が見渡させる場所。
私はぼんやりと海を眺めていた。
これから私はどうしたらいい?
翔は私が一番だと、
私だけを愛してるそう言ってくれた。
信頼してる。
きっとあれは翔からじゃない。
そう思ってみても、
思い出しただけで、
胸が張り裂けそうだった。
・・・
胸が苦しくて、
息が出来なくて、
私は胸を押さえ、泣き崩れた。
・・・
「早乙女さん」
その優しい声は、
毎日のように聞く、あの人の声だった。
・・・
でも、顔を上げても、
涙で滲んでその人の顔が見えない。
・・・
「・・・そんな顔、しないでください」
そう言って、切なげな顔をした。
次の瞬間、
その人は、私を優しく抱きしめた。
・・・
安心させるように・・・
「早乙女さんを苦しめる為に、
社長の傍に行かせたんじゃないのに」
私の頭上からそんな声が聞こえた。
・・・
「…綾野・・さん」
そう。
私を慰めているのは、
社長の信頼してやまない、綾野さん。
・・・
「貴女の幸せが、
私の幸せだったのに・・・
もう、自分の気持ちにウソをつくのは止めた」
「・・・え?」
「ずっと、貴女だけを見ていた。
私は、冬美さん、貴女が好きでした」
・・・
突然の告白に、
困惑する。
その告白に、
どう応えればいい?
頭の中は、真っ白だった。
自分の心にふたをして、
好きだと言う気持ちを、
今まで必死に抑えてきた。
・・・
尊敬する社長だから。
冬美を想う気持ちは本物だと思ったから。
社長と冬美なら、
必ず幸せになれると確信したから。
それなのに・・・
・・・
今、目の前で
なりふり構わず泣き崩れ、
今にも倒れてしまうんじゃないかと思うほど、
傷ついた彼女。
そんな彼女を見ていたら、
抱きしめずにはいられなかった。
・・・
心のふたが外れ、
一気に思いが溢れ出した。
不幸せなら、
オレがこの手で幸せにする。
突然の告白に、
冬美は驚きを隠せない。
…無理もない。
今までそんな素振り、
一度だってしたことがない。
冬美を困らせたくなかった。
幸せ絶頂であろう冬美が。
困る姿など、
誰が見たい?
だから、社長秘書として、
冬美や社長のサポートだけを、
笑顔でこなしてきた。
・・・
それがこのありさま。
あれ程忠告してたのに。
・・・
レイと言う女、
最初から怪しいと思っていた。
売出し中のモデルは、
売れる為なら何だってする。
そんな噂を耳にしていたから、
社長に忠告していたのに。
「早乙女さん」
「・・・ごめんなさい。
私は・・・
綾野さんの気持ちに、応える事は
出来ません」
・・・
冬美の言葉に、
かすかに微笑み首を振った。
「そんな事、最初から望んでない」
「・・・」
「最初に言いましたよね?
貴女の幸せがオレの幸せだって」
「…綾野さん」
「家まで送りますよ・・・」
「・・・一人で帰ります」
「そんなに警戒しなくても、
取って食ったりしません・・・
ただ家に送るだけですから」
・・・
冬美の肩にそっと手を置き、
歩き出した。
車に乗せ、
自宅へと車を走らせた。
・・・
自宅前に着き、
助手席のドアを開け、
冬美を下ろした。
・・・
冬美は玄関を見つめ、
中に入ろうとはしない。
・・・
この中には、
社長がいるはずだから。
・・・
「中に入れないなら、
どこかのホテルでも行きますか?
ずっとこんな所にはいられないでしょ?」
「・・・そう、ですね」
・・・
「冬美」
・・・
その声に驚き、
オレも、冬美も、そちらに振り返った。
その声の主は、
もちろん社長。
社長は自宅玄関ではなく、
自分の車から降りてきていた。
・・・
オレは咄嗟に冬美の前に歩み出た。
・・・
冬美も目線が合わないように、
社長から目線を逸らした。
・・・
「社長」
「…どけ、綾野」
「どきません」
「・・・何?!」
・・・
オレは初めて、
社長の言葉にタテをついた。
今までどんなことがあっても、
社長の言葉は絶対だったから。
そして何より、
社長の言葉を、信頼していたから。
・・・
「綾野、どういうつもりだ?」
「社長、早乙女さんを、
傷つけないでください・・・
色んな想いを乗り越えて、
やっと社長の事を好きになったのに、
今の早乙女さんは不幸せそのものだ。
このまま何の手段にも出ないなら、
私が・・・いやオレが、
早乙女さんを奪います」
・・・
オレの言葉に、
社長の目の色が変わった。
社長も驚いただろう。
まさか、オレが冬美の事を
好きだと思ってもいなかったはず。
・・・
「綾野、いつから、冬美の事」
「・・・きっと、入社した時からずっと。
自分の気持ちは胸に秘めたまま、
社長と幸せになれるなら、
この気持ちを闇に放り込むつもりでした」
「・・・」
「でも、それは止めました。
社長が、早乙女さんを傷つけるなら、
何が何でも彼女を守る、そのつもりです」